「自然な仕上がりにしてください」。前歯の治療をお引き受けするとき、最もよくいただくご要望です。天然の歯の自然さは、印象ではなく、構造です。光を通すエナメル質と色を持つ象牙質の二層、一本の中で連続的に変わる色、計算されたような小さな不揃い、そして年齢が刻む質感。私たちはこれらを一つずつ読み取り、陶材の層で組み立てて再現します。ただし、天然歯らしく作ることと、その方に似合うことは同じではなく、天然歯らしさは、その入り口にあたる条件です。

歯は、二層でできている

目に見える部分の歯は、性質の異なる二つの層でできています。

外側を覆うのがエナメル質。人体で最も硬い組織で、ガラスのように光を通す、半透明の性質を持ちます。その内側にあるのが象牙質。エナメル質よりわずかに柔らかく、黄みから淡いオレンジを帯びた、光を通しにくい組織です。

歯の色そのものを決めているのは、内側の象牙質です。外側のエナメル質は、光を屈折させ、透過させ、拡散させることで、単なる一色ではない奥行きと艶を生み出しています。光がエナメル質を通り抜けて象牙質に届き、そこで拡散した光がもう一度エナメル質を通って、私たちの目に入る。この往復が、人工の材料では再現しにくい深みをつくります。

そして、この二層の厚みの比率は、歯の場所によって違います。根元はエナメル質が薄く象牙質が厚いので、色みが強く濃く見えます。中央は両者の均衡が取れ、その歯の標準的な色を示します。先端には象牙質が届いておらず、ほぼエナメル質だけになるため、光をよく通し、青みを帯びて見えます。

先端が青白く見えるのには、理由があります。エナメル質の微細な結晶は、波長の長い光(赤や黄)を通し、波長の短い光(青)を散らす性質を持っています。正面から光が当たると青い光が散乱して淡い青紫に輝き、背後から光が透けるときには暖色が通り抜けて、わずかにオレンジやピンクを帯びる。宝石のオパールに似たこの現象を、オパール効果と呼びます。同じ歯が、光の向きで色を変えているのです。

色は、一つではない

歯の色を、一つの色で言い表すことはできません。

歯科では、A2、A3といった記号で色を表します。けれどこの記号が示しているのは、歯の中央付近の、平均的な基準色にすぎません。天然の歯は、絵の具でベタ塗りされた面ではなく、内側の色と、外側の光の通し方が組み合わさった、立体的な光学の仕組みだからです。

色を合わせるとき、私たちが最も注意を払うのは、明るさ(明度)です。人の目は、明暗を感じる細胞の数も感度も高く、わずかな明るさのずれを一瞬で見抜きます。一方、色みを感じる細胞は、それほど鋭くありません。ですから、色みが完璧に合っていても、明るさがずれていれば、見た人は理由を言えないまま、人工物だと感じ取ります。

天然の歯には、蛍光性という性質もあります。目に見えない紫外線を吸収し、青白い光として発する性質で、主に象牙質に含まれるたんぱく質が担っています。日光や照明にわずかに含まれる紫外線を受けて、歯が内側から明るく光る。影に入っても暗く沈み込まない明るさは、ここから来ています。

そして、同じ口の中でも、歯ごとに色は違います。犬歯は象牙質が厚いため、中央の歯より濃く、黄みが強い。中切歯は最も明るく、光をよく通す。側切歯はやや小ぶりで、エナメル質の比率が高く、軽やかに見えます。前歯が六本、同じ白さで並んでいる状態は、天然にはありません。

形の中の揺らぎ

また天然の歯は、完全な左右対称ではありません。

顔そのものが左右で違うように、歯にもわずかな幅の差、微妙な捻れ、すり減り方の違いがあります。もし完全に左右対称の歯並びを作れば、人の目はそれを工業製品として捉え、理由の分からない違和感を抱きます。大切なのは、真ん中の線と、中央の二本の対称性。そこから左右に離れるにつれて生まれる、わずかな揺らぎ。それが、生きているものの徴です。

上の前歯の長さも、一直線に揃ってはいません。中切歯が最も長く、その隣の側切歯は0.5ミリから1ミリほど短い。この段差があることで、笑ったときの歯の先端の並びが、下唇のカーブに沿う曲線を描きます。

歯と歯のあいだにも、意味があります。歯が接する点から先端に向かって開くV字の隙間は、中央が最も小さく、奥へ行くほど深くなります。この隙間がなければ、歯は一枚のフェンスのように、べたりと繋がって見えてしまう。隙間は、一本ずつの独立と、奥行きを生んでいます。同時に、歯ぐきの角が収まる場所を確保し、噛んだ食べ物が外へ逃げる通り道にもなっています。

表面も、平らではありません。一見なめらかに見える歯の表面には、横に走る微細な波状の溝や、縦の浅い溝があります。完全にツルツルであれば、光は鏡のように強く跳ね返り、無機質なテカリになります。細かな凹凸が光を様々な方向へ柔らかく散らすことで、落ち着いた艶が生まれています。

時間が刻むもの

歯は生きている組織であり、年月とともに姿を変えます。

毎日の食事と歯みがきで、外側のエナメル質は少しずつ摩耗し、表面の微細な凹凸は平らになっていきます。一方、内側では神経を守るために新しい象牙質が作られ続け、内壁は厚く、黄みは強くなります。エナメル質が薄くなり、象牙質が厚く濃くなる。この二つが重なると、薄くなったエナメル質を通して内側の濃い色が透けるようになり、歯は年齢とともに明るさを失って、落ち着いた濃い色調へ沈んでいきます。長年の噛む力によって、表面には目に見えないほどの細かなヒビが入り、そこに着色が溜まって、深みのある質感が生まれます。

この痕跡を、どう扱うか。歯ぎしりや噛み合わせの異常による著しい摩耗は、治療の対象です。けれど、年齢相応に生じたわずかな先端の平坦さや、使い込まれた質感は、その方が生きてこられた歴史そのものです。それをすべて削り落として、十代のようなつるりと丸い歯を作れば、かえって作り物めいて見えます。ですから、その方の年齢に合わせて、先端にわずかな平らな面を作る、光の拡散を抑えた落ち着いた艶にする、といった調整を行います。

なぜ、人工物だと分かるのか

ここまでの裏返しとして、人工の歯が人工だと分かる理由も、はっきりしています。

一つは、単色であること。一色で作られた歯は、内部で光が散乱せず、根元から先端への色の連続変化もありません。絵の具をそのまま塗ったような、奥行きのない平面になります。

もう一つは、完璧すぎること。百パーセントの左右対称、歪みのない直線、色むらゼロ、傷ひとつない表面。それらは自然界には存在しません。人の脳は、完璧な規則性を見た瞬間に、これは工業製品だと判断します。

そして最大の要因は、歯ぐきとの境目の明るさと、表面の艶です。天然の歯の根元は、象牙質が透けて、やや暗く濃い色をしています。修復物の根元まで白く明るくしてしまうと、歯ぐきから白いものが突然生えているように見えます。また、周りの歯が落ち着いた艶を持つなかで、その歯だけが鏡のように光れば、光が当たった瞬間に、そこだけ別の素材であることが見抜かれます。

私たちがしていること

この裏返しが、そのまま作り方の要点になります。

天然の歯の光を再現するために必要なのは、光を多く通すことではありません。光がどこで返り、どこで散るかを、材料の中で組み立てることです。遮光する層の上に、象牙質にあたる陶材、内部の色を描く陶材、エナメル質にあたる透明な陶材を、何層にも重ねて焼く。どの深さで光が押し返され、どう散らされるかを、粉の粒の水準で考えます。

光を多く通せばよいというものでもありません。透明性が高すぎると、口の中の暗がりを拾い、歯が灰色に沈んで見えます。必要なのは、光を通す層と、光を跳ね返す層と、内側から発光する蛍光性。それらが揃って初めて、生き生きとした質感が生まれます。

ですから、色を合わせる作業は、色見本を歯に当てて、近いものを選ぶ作業ではありません。歯を光学的な要素に分解して、色の地図を作る作業です。

根元寄りの濃い部分の色。先端の透け方と、青みやオレンジみの分布。内部の構造。若い歯の先端に見える波状の突起、白い斑点、細かなヒビ、帯状の着色。表面の溝の位置と深さ。光が反射する境界線の位置。それらを一つずつ見て、記録します。

この作業には、時間との戦いがあります。歯は口の外に露出して乾燥すると、数十秒から一分ほどでエナメル質が不透明になり、白く浮き上がってしまうのです。ですから、診療の最初、歯が潤っている状態で、素早く判定します。

そして、多色築盛。遮光の層、象牙質の層、内部を描く層、エナメルの層を、順に盛っては焼き、盛っては焼きます。セラミックの粉は、800度から900度以上の炉で焼くたびに、体積が15%から20%ほど縮みます。ですから、冷まして形を整え、また盛って焼く。この繰り返しに、物理的な時間がかかります。表面の微細な凹凸を付け、艶を出し、噛み合わせを調整するのは、すべてセラミストの手作業です。

それでも、できないこと

正直に、限界も記しておきます。

天然の歯は、口呼吸や体調、時間帯によって水分の含有量が変わり、それに応じて明るさが微妙に変化します。乾けば白く、潤えば透明に。セラミックは水を吸いませんから、この生きた揺らぎは再現できません。

神経のある歯が持つ、血流を含んだ組織特有の光の通り方も、人工の素材では原理的に同じにはなりません。

そして、摩耗の同調。天然の歯は長い年月のあいだにわずかにすり減り、噛み合わせに馴染んでいきます。セラミックは天然の歯より硬く、同じ速さでは減りません。周りの歯と一緒に歳を重ねていく、という点では、天然の歯にかないません。

なぜ、自然さにこだわるのか

自然さにこだわる理由は一つです。

人工物だとすぐ分かる歯は、対面した相手に、理由の分からない違和感を残します。そして、その視線を感じることが、ご本人の負担になります。自然に見える歯は、その不安を取り除きます。会話や笑顔のなかで歯が顔立ちに溶け込めば、周りの視線は歯の白さではなく、その方の表情に向かいます。主役が、歯からその人自身に戻る。それが、私たちの目指すところです。

ただし、天然歯らしく作ることと、その方に似合うことは、同じではありません。どれほど本物そっくりの質感を作っても、その形や大きさがお顔立ちに合っていなければ、不自然になります。天然歯らしさは、必要な条件にすぎません。その先にあるものを、別のページ「調和とは」に記します。

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表参道歯科アールズクリニック院長

田中良一

東京医科歯科大学(現 東京科学大学)歯学部卒
元 山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)

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