執筆者:SERENITAS | 表参道歯科アールズクリニック 院長 田中良一
東京医科歯科大学(東京科学大学)卒業
元 山王病院 歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)
「この写真みたいにしてほしいんです。」
スマートフォンの画面を見せながら、そうおっしゃる方がいます。SNSで見かけた白く整った歯並び。芸能人の笑顔のスクリーンショット。海外セレブのビフォーアフター。
お気持ちはよく分かります。理想の形が目の前にあると、「これと同じにしてほしい」と考えるのは自然なことです。
ただ、ここに一つ落とし穴があります。
あの歯は、あの人の顔の中で完成しています。
肌の色、唇の厚み、笑ったときの歯茎の見え方、顔の輪郭、年齢。すべてが関係して、あの口元になっている。歯だけを取り出して別の人の顔に持ってきても、同じようには見えません。
これは洋服に似ています。モデルが着て素敵に見えるコートが、自分に似合うとは限らない。体格も肌の色も違う。似合う服は、自分の体に合った服です。歯も同じです。
私の診療室でも、写真を見せてくださる方には、こうお話ししています。「この写真の何が良いと感じましたか。白さですか、形ですか、全体の印象ですか。」
多くの場合、答えは「全体の印象」です。つまり、その方が本当に求めているのは、特定の白さや形ではなく、「違和感のない、自然に整った状態」なのです。
実際、他の医院で「芸能人と同じ色で」とお願いして治療を受けた結果、不自然になってしまったという相談は少なくありません。
技術的に言えば、同じ色合い、同じ形態で作ることは可能です。しかし、周囲の歯の色、歯茎の色、唇との位置関係が違えば、同じものを入れても見え方はまったく変わります。写真の中では完璧だったものが、自分の顔の中では浮いてしまう。
これは歯科医師の腕の問題ではなく、そもそもの目標設定の問題です。
私が治療のゴールとして目指すのは、「あの人みたいにする」ではなく、「この人のまま整える」ことです。
派手な変化ではないかもしれません。写真映えしないかもしれません。ビフォーアフターで見せても、どこが変わったのか分からないかもしれない。
でも、毎朝鏡を見たときに違和感がない。人と話しているときに口元が気にならない。それが、治療として最も価値のある結果だと考えています。
「変える」のではなく、その人の顔に「溶け込ませる」。言葉にすると地味ですが、技術的にはこちらのほうがはるかに難しい。そして、はるかに長く満足が続きます。
