執筆者:表参道歯科アールズクリニック 院長 田中良一
東京医科歯科大学(現:東京科学大学)歯学部卒業
元 山王病院 歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)
歯科診療ユニットへのこだわり
歯科医院にお越しいただいたとき、診察室に据えられた大きな診療チェアに座られた経験は、多くの方がお持ちかと思います。あの診療チェアと一体になっている設備全体を「歯科診療ユニット」と呼びます。
実は、この診療ユニットこそが、歯科治療の質を大きく左右する、極めて重要な存在なのです。私は開業以来、この診療ユニットの選定に強いこだわりを持ち続けてまいりました。
今回は、患者様からは見えにくい部分ではありますが、皆様に安心して質の高い治療をお受けいただくために、私がどのような想いで診療環境を整えてきたのか、お話しさせていただきたいと思います。
歯科診療ユニットが果たす、本当の役割
歯科診療ユニットは、単なる「椅子」ではありません。治療に必要なすべての機能が精密に統合された、いわば歯科医師の「もうひとつの手」とも言える存在です。
たとえば、歯を削るための高速回転する器具、お口の中を洗浄する水と空気の供給装置、削りかすや唾液を吸い取る吸引装置、治療部位を明るく照らす無影灯―これらすべてが一つのシステムとして、ミリ単位の精度で統合されています。
そして何より重要なのは「人間工学(エルゴノミクス)」という視点です。歯科医師が一日に何人もの患者様を診察する際、無理のない姿勢で、疲労を最小限に抑えながら、最高の集中力を維持できる。そのために、診療ユニットは極めて精密に設計されているのです。
歯科医師の姿勢が安定していれば、手元のわずかなブレも抑えられます。器具の重さを感じさせないバランス設計であれば、長時間の繊細な処置も可能になります。つまり、優れた診療ユニットは、そのまま治療の精度と安全性に直結するのです。
Flex Integral
私が開業時に選んだのは、デンマーク製の「Flex Integral」という歯科診療ユニットでした。1989年にデンマークで誕生したこの診療ユニットは、北欧デザインの伝統と、機能性を極限まで追求する設計思想の結晶として開発されました。
デンマークとノルウェーの歯科医師たちによる長年の研究成果を基に、「真に人間工学的な診療環境」を実現することを目指して生まれた製品だったのです。
このユニットの最大の特徴は、「完璧にバランスされた器具」でした。治療に使用する器具は、通常、ホースを介してユニット本体とつながっています。このホースの重さや引っ張りが、実は歯科医師にとって大きな負担となるのですが、Flex Integralでは機械式スプリングを用いた独自の懸架システムにより、器具がまるで無重力のように軽く、自在に動かせるよう設計されていました。
また、水と空気の供給が器具ごとに独立して精密に制御できたこと、足元のフットコントロールですべての操作を手を使わずに行えたこと―これらの機能により、私は患者様のお口の中だけに集中し、ミリ単位の繊細な処置を安定して行うことができました。
審美歯科における精密な治療―たとえば、天然歯との色調を完璧に合わせなければならないセラミック修復や、0.01ミリ単位の調整が求められる歯の形態修正において、この「ぶれない、疲れない診療環境」は、まさに不可欠なものでした。
長年の信頼関係と、避けられなかった決断
私は、Flex Integral を「私の片腕」として長年愛用してまいりました。その理由は、この「一切の妥協を許さない精密さ」にあったのです。
審美歯科では、患者様の笑顔を美しく整えるという、極めて繊細な技術が求められます。歯の形、色、並び、そして唇や顔貌全体とのバランス―これらすべてを総合的に判断し、ミクロン単位で調整していく作業です。
そのような治療において、診療ユニットの性能が治療結果を左右することは、決して大げさではありません。器具がわずかでもぶれれば、削る量が狂います。手元に余計な力がかかれば、繊細なタッチが失われます。姿勢が不安定であれば、長時間の集中力を維持できません。
Flex Integralは、これらすべての要求に応えてくれる、世界でも稀有な診療ユニットでした。私は、このユニットとともに、数え切れないほどの患者様の笑顔を創り上げてまいりました。
しかしながら、医療機器には「サポート期間」というものが存在します。Flex Integralシリーズは、2004年に最後の製品が出荷され、その後メーカーであるXO CARE社の日本市場からの撤退に伴い、日本国内での正規の輸入販売・保守サービスが終了いたしました。最後のFlex Integralは2004年にXO工場を出荷され、Flex Integralの後継機種として、2004年にXO-4が、その後XO-FLEXやXO-FLOWが開発されました。社名のXOは、「eXtraOrdinary(並外れた)」という言葉に由来 しています。
医療機器は、定期的なメンテナンスと、万が一の際の迅速な修理体制があってこそ、安定して使い続けることができます。部品の供給が途絶え、専門技術者によるサポートが受けられなくなれば、いかに優れた機器であっても、患者様に安全な治療をご提供し続けることは困難になります。
この現実を前に、私は大きな決断を迫られました。Flex Integralへの深い愛着と信頼がありながらも、患者様の安全と、治療の質を守り続けるためには、新しい診療ユニットへの移行が不可欠だったのです。
妥協なき探求の末に
新しい診療ユニットを選ぶにあたり、私が設けた基準は極めて厳しいものでした。なぜなら、Flex Integralという「世界最高峰」とも言える基準を知ってしまった私にとって、それ以下の性能では、患者様への責任を果たせないと考えたからです。
検討は慎重に、そして徹底的に行いました。国内外の主要メーカーの製品を実際に試用し、人間工学的設計、器具のバランス、操作性、メンテナンス体制、そして審美歯科治療に必要な精密性――あらゆる角度から比較検討を重ねました。
正直に申し上げれば、「これならFlex Integralを超える」と確信できる製品は、日本市場においては見つかりませんでした。それほどまでに、Flex Integralの完成度は高かったのです。
しかし同時に、私は新しい時代の技術にも目を向けました。デジタル技術の進化、感染制御システムの向上、患者様の快適性を高める新しい設計思想―Flex Integralが誕生した1989年以降の30年間で、歯科医療を取り巻く環境も大きく変化していたのです。
そうした探求の末に私が選んだのが、ドイツ・KaVo社の「Estetica E70」および「E70 Vision」でした。
KaVo社は、1909年創業という100年以上の歴史を持つ、世界的な歯科医療機器メーカーです。ドイツの精密機械技術の伝統を受け継ぎながら、常に革新を続けてきた企業として知られています。
Estetica E70シリーズは、KaVo社が「審美歯科のために」特別に設計したプレミアムラインです。その名の通り、「エステティック(審美的)」な治療を最高レベルで実現するための、あらゆる機能が盛り込まれています。
身体をあずけられる、やさしい座り心地
治療中、無理な姿勢で長時間過ごすことは、想像以上に身体への負担となります。特に肩や首、腰への負荷は、治療後の疲労感や不快感につながることも少なくありません。
ESTETICA E70シリーズのチェアは、人間工学に基づいた設計により、身体全体を均等に支え、自然とリラックスした姿勢を保てるよう工夫されています。
背中全体をやさしく包み込むようなシートの形状は、体圧を一箇所に集中させず、広い面で分散する構造になっています。そのため、長時間座っていても特定の部位が痛くなることが少なく、無意識のうちに力を入れてしまうこともありません。
また、首や頭の位置を細かく調整できるヘッドレストにより、顔の角度や首の傾きを患者さまお一人おひとりに最適な状態に整えることができます。治療内容や体格に合わせた微調整が可能なため、「無理のない自然な姿勢」で治療を受けていただけるのです。
「こんなに楽に座れるとは思いませんでした」「治療後も疲れを感じませんでした」といったお声をいただくことも多く、患者さまの身体的な負担を軽減できていることを実感しております。
治療精度を支える姿勢の安定性
審美治療では、前歯の形や色、歯と歯茎のラインなど、ミリ単位での調整が必要となる場面が数多くあります。このような繊細な治療において、患者様の姿勢が安定していることは、実は非常に重要な要素なのです。
わずかな体勢のズレや頭の傾きでも、歯の見え方や顔全体のバランスに影響を及ぼすことがあります。Estetica E70シリーズのチェアは、身体がブレにくく、一度調整した姿勢を自然に維持できる構造になっています。
顔の位置や首のラインが安定することで、私は患者様の表情筋の動きや、笑顔の際の歯の見え方、左右のバランスなどを正確に確認しながら治療を進めることができます。特にダイレクトベニアやセラミック治療など、お顔立ちとの調和を大切にする審美治療では、この姿勢の安定性が治療の仕上がりに直結します。
患者様が自然体でいられることが、結果的に美しく調和のとれた仕上がりへとつながるのです。
心の緊張をほぐす静かな動き
診療ユニットが突然大きく動いたり、機械音が響いたりすると、驚きや不安から身体を硬くしてしまう方も少なくありません。特に歯科治療に対して緊張感をお持ちの方にとって、こうした予期せぬ動きは心理的な負担となることがあります。
ESTETICAシリーズの大きな特長のひとつが、非常に静かで滑らかなチェアの動作です。治療開始時や体位を変更する際も、ゆっくりと穏やかに動くため、驚くことなく安心してお身体をあずけていただけます。
「椅子がこんなに静かに動くんですね」「気づかないうちに姿勢が変わっていました」といったお声をいただくこともあり、この静音性が患者さまのリラックスにつながっていることを感じております。
治療中の心理的な安心感は、実は治療の質にも影響します。緊張して身体に力が入ってしまうと、表情筋も硬くなり、自然な口元の状態を確認することが難しくなります。静かで優しい動作のユニットだからこそ、患者さまは自然体でいられ、より良い治療結果へとつながるのです。
衛生管理の徹底による、安全性への配慮
歯科診療ユニットの内部には、治療に使用する水や空気を送るための配管やホースが張り巡らされています。この部分の衛生状態は、患者さまの安全に直結する非常に重要なポイントです。
KaVoのユニットには、自動洗浄・消毒システムが搭載されており、給水ラインや器具ホースを常に清潔な状態に保つことができます。治療ごとに自動的に洗浄が行われるため、前の患者さまとの間で衛生的な環境がリセットされ、安心して治療を受けていただけます。
また、取り外し可能なパーツについては、手作業での丁寧な洗浄・消毒も行っており、医療基準に基づいた厳格な衛生管理プロトコルを実施しております。目に見えない部分だからこそ、徹底した管理が必要だと考えています。
口腔内に使用される水や器具の清潔性について不安を感じる方もいらっしゃるかと思いますが、当院ではこのような高水準の衛生システムを備えたユニットを使用することで、安全性を最優先した診療環境を整えております。
審美治療との高い親和性 ― 美しさを支える環境
前歯の形や色、傾きなどを整える審美治療は、単に「白くする」「きれいにする」だけではありません。お顔立ちや表情、唇とのバランス、さらには自然な笑顔としての調和まで含めた、総合的な美のデザインが求められる治療です。
そのため、わずかな体勢の違いや光の当たり方、表情筋の状態などが、治療の設計や仕上がりに影響を及ぼすことがあります。ESTETICAシリーズは、こうした繊細な審美治療との相性が非常に高いとされています。
微細な調整時の姿勢安定性
チェアが身体を均一に支えるため、長時間でも姿勢が崩れにくく、首や顔の位置が固定されやすい構造になっています。特に前歯の中央ライン(正中)や、唇とのバランスを確認する際には、この姿勢の安定性が大きな意味を持ちます。
呼吸や緊張による体勢のブレが少ないため、医師は精密な作業に集中でき、患者さまも落ち着いて治療を受けていただけます。
自然な表情筋の状態を保ちやすい設計
審美治療では、力が入った状態ではなく、自然にリラックスした表情で確認することが理想的です。チェアの沈み込みが強すぎると表情筋に無意識の力が入ってしまいますが、ESTETICAのチェアは適度なサポート力により、自然な笑顔のラインに近い状態での治療設計が可能です。
治療後の確認時にも、鏡やカメラを使用しながら自然な口元を再現しやすく、日常生活での見え方に近い状態でチェックすることができます。
歯科医師の治療姿勢にも配慮された構造
審美治療は、医師側にも高い集中力と繊細な指先の操作が求められます。ユニットの構造が治療効率に影響することもあるため、患者さまと術者の距離が適正に保たれるよう設計されていることも重要なポイントです。
器具操作がスムーズで、時間的なストレスが少ないこと。治療姿勢が安定し、持続的に精度の高い作業ができること。こうした環境が整うことで、患者さまにとっても医師にとっても、より良い治療時間となるのです。
ESTETICAが目指す、本質的な価値
治療精度、姿勢の安定性、そして患者さまの心の落ち着き。
これらすべての要素が調和することで初めて、見た目だけではない「自然な笑顔としての美しさ」を実現することができます。
「ただ白く見せる」「形を整える」だけではなく、お顔立ちや表情、日常の動きまで含めた、トータルな美のバランスを整えること。それが審美治療の本質であり、当院が大切にしている考え方です。
KaVo ESTETICAシリーズは、そうした治療哲学を支える、かけがえのない環境づくりの一翼を担っています。患者さまの身体への負担を最小限に抑え、安心感のある状態で治療を受けていただくこと。そして、繊細で丁寧な治療を行うための最適な環境を整えること。この両立を可能にする診療ユニットです。
変わらない想い、進化する技術
診療ユニットが変わっても、私が大切にしている想いは何一つ変わりません。それは、患者様お一人おひとりに、最高品質の審美歯科治療をご提供したいという、揺るぎない想いです。
そのために、私は設備に妥協しません。技術の習得に終わりはないと考え、常に学び続けます。そして何より、患者様との対話を大切にし、本当に望まれている美しさを追求します。
Flex Integralという素晴らしいパートナーから学んだ「精密さへのこだわり」は、新しいEstetica E70とともに、さらに深化していくことでしょう。
医療技術は日々進化します。しかし、どれほど技術が進んでも、それを扱う人間の心と技術がなければ、本当に美しい結果は生まれません。私は、最良の設備と、磨き抜かれた技術、そして患者様への深い思いやりをもって、これからも皆様の笑顔をお守りしてまいります。
治療中の姿勢や体勢について気になることがございましたら、どうぞ遠慮なくお知らせください。「ここが少し痛い」「もう少し楽な姿勢にしたい」といったご要望にも、できる限り細やかに対応させていただきます。
また、「自然な感じに仕上がるか心配」「笑った時のバランスをしっかり見てほしい」といった審美面でのご希望も、ぜひお聞かせください。患者様の表情や日常の動きを大切にしながら、「整える治療」を丁寧に進めてまいります。
まとめ
歯科診療ユニットという設備は、患者様からは見えにくい存在かもしれません。しかし、治療の質を支える「縁の下の力持ち」として、極めて重要な役割を果たしています。
私が開業時から長年愛用してきたFlex Integral は、デンマークの人間工学研究の結晶として誕生し、世界でも類を見ない精密さと操作性を実現した、まさに歯科診療ユニットの頂点に立つ製品でした。このユニットとともに、数多くの患者様に美しい笑顔をお届けしてまいりました。
日本での保守サービス終了という避けられない事情により、現在は慎重な検討を重ねた結果、ドイツ・KaVo社のEstetica E70/E70 Visionへと移行しております。Flex Integralを完全に超える機能を持つユニットは日本市場にはまだ存在しないと感じていますが、Estetica E70は現代の技術と思想を結集した優れた診療システムであり、審美歯科治療に必要なすべての要素を高い次元で実現しています。
人間工学に基づいた身体にやさしい座り心地、姿勢の安定による治療精度の向上、静かで穏やかな動作による心理的安心感、徹底した衛生管理による安全性、そして視覚的なコミュニケーションによる治療への理解――これらすべてが、患者様に安心して治療を受けていただくための環境を形づくっています。
設備は変わっても、私の想いは変わりません。最良の環境で、最高の技術を、最も美しい結果のために――これからも、患者様お一人おひとりの笑顔を大切に、心を込めた診療を続けてまいります。
