一冊の本
1990年代に出会った一冊の医学書が、私の臨床の礎となりました。
パメヤーの歯冠補綴学:歯周組織と咬合を考慮したクラウン・ブリッジの臨床
Jan H. N. Pameijer 著/岩田健男 監訳
原題 Periodontal and occlusal factors in crown and bridge procedures
原題は「かぶせ物とブリッジの処置における、歯周組織とかみ合わせの要因」という意味です。補綴学の本でありながら、主題は歯周組織とかみ合わせの方にあります。
咬合学、歯周病学、歯冠補綴学は、それぞれ独立した体系です。いまもそうです。私はこの本で、その三つを統合した臨床があることを知りました。以来、かみ合わせと歯ぐきと修復を、別々のものとしてではなく、一つのこととして考えています。
研修履歴
それぞれの分野を、その分野の第一線の臨床家に学んできました。(所属は当時)
審美歯科に関する研修
| Dr. G. Chiche(インディアナ大学) | 前歯の修復治療における審美 |
| Dr. J. Kois(ワシントン大学) | 最善の修復治療を達成するためのセミナー |
| Dr. d. Terry | ナチュラル・エステティクス 、ダイレクトボンディング・ハンズオン |
| Dr. P. Magne(南カリフォルニア大学) | ボンデッド・ポーセレン・レストレーション |
| Dr. N. Fahl | ダイレクトボンディング |
歯周病・インプラントに関する研修
| Dr. J. Lindhe(イエテボリ大学) | 歯周病学 |
| Dr. M. Amsterdam(ペンシルバニア大学) | 歯周補綴セミナー |
| Dr. U. Lekholm & Dr. T. Jemt(イエテボリ大学) | ブローネマルクインプラント認定コース |
| Dr. D. Tarnow(ニューヨーク大学) | 歯周補綴とインプラント |
| Dr. S. Jovanovic(UCLA) | インプラント修復セミナー |
| Dr. W. Becker(南カリフォルニア大学) | インプラントセミナー |
| Dr. O. Bahat(南カリフォルニア大学) | インプラントのための骨造成 |
| Dr. P. Moy(南カリフォルニア大学) | インプラントセミナー |
Willi Geller の名を知る
私の臨床の、もうひとつの転機は、ウィリー・ゲラー( Willi Geller、1940–2024 )の存在を知ったことでした。スイス・チューリッヒに工房を構え、歯科の審美修復という分野を、技術と材料と思想のすべてにおいて塗り替えた歯科技工士です。示された症例と、その背後にある思想に、私は強く動かされました。
ゲラーは、審美とは、白さや左右対称といった幾何学的な完成度にあるのではなく、健やかさ、生命感、そして、その人自身との響き合いに宿る、と考えました。私が感銘を受けたのは、この考え方です。彼は自身のこの考えを「oral design」と名付けました。
以来、修復物の製作は、ウィリー・ゲラーのoral design の下に集まったセラミストの一人に託しています。oral design は、会社の名前でも、製品の名前でもありません。ゲラーが自分の考え方に与えた名前です。
歯科治療は、人の手が加える営みです。だからこそ、その営みは、自らを主張するためではなく、退いて、その方を現すために尽くされるべきだと、考えています。あなたの歯の、固有の色、形、内部の構造、光の通り方を読み取り、性質の違う陶材を、一層ずつ重ねていく。その手間のすべては、作ったものが静かに消えて、あなたご自身が現れている、その一点のために、あります。
治療は、もう二度と「治療しなくてよい状態」のために
歯の治療を重ねてこられた方が、心の奥で何を恐れておられるか。それは、痛みでも、費用でもありません。「また、やり直しになるのではないか」という不安です。
歯科治療とは、患者さんのお口という生きた身体へ、人の手を加える行為です。では、その治療は、何のために行うべきなのか。
私の目標は、一つしかありません。治療は、もう二度と治療しなくてよい状態のために。そのために、噛み合わせを整え、歯ぐきを健やかにし、その上に、最後の修復を行います。順序を守ること。それが、長く保つ治療の、唯一の道だと考えています。
私の目指すところ
治療が終わったとき、治療の気配があなたのお口の中から静かに消えていることが理想です。そこに残るのは、治した痕跡ではなく、あなたご自身の健やかな口元だけ。鏡を見ても、どれを治したのか、ご自身でも思い出さない。私が目指すのは、その状態です。
咬合という機能、それを支える歯周組織の健康、そして見た目の調和。この三つを、ひとつの心地よい営みとして結実させ、長く健やかに保つこと。それを、これからも考え続けてまいります。


