審美歯科の世界では、しばしば「白さ」や「整列」がゴールとされます。
多くの場合、それは「見違えるほど美しくなった」と 周囲に驚かれることだと思われています。
しかし私たちは、違う考えを持っています。
私たちが求めるのは、作為を感じさせない「静かな調和」です。
優れた歯科医療は、施されたことを悟らせない。
本当の成功とは、誰にも気づかれないこと。
「何か変わった?」と聞かれても、「いいえ、何も」と答えられること。
生まれつきそうだったかのように あなたの顔に溶け込んでいる状態。
私たちはそう考えています。
当院は、あなたの人生に新しい何かを付け加えるのではなく、あなたが本来持っていたはずの、清らかな静寂を取り戻すことを目的としています。
介入の美学
「削らない審美歯科」という言葉があります。
私たちは「削らない」という言葉を安易には使いません。
なぜなら、それは半分しか真実ではないからです。
本当に誠実な姿勢とは、「削らない」と約束することではなく、「削る量を精緻に設計する」ことです。
削りすぎれば、歯の寿命を縮める。
削らなすぎれば、美しさが成立しない。
その境界を、0.01mm単位で見極める。
必要最小限の範囲で介入を設計し、 歯髄を守り、未来を守る。
それは、あなたの身体の一部を、生涯にわたって守り抜くためです。
効率のために未来を犠牲にしない。
それが私たちの選んだ誠実さです。
前提としての技術
審美歯科医に必要なものは何でしょうか。
多くの方は「技術」と答えます。
もちろん、それは正しいでしょう。
しかし、技術は前提にすぎません。技術はあって当然だからです。
本当に問われるのは、「判断」です。
何を変え、何を守るか。
今できることと、すべきことの区別。
私の35年の臨床は、この判断を磨くためにありました。
「できる」と「すべき」は、違います。
その境界を見極める眼を持つこと。 それが、私の考える審美眼です。
私たちの「不自由」な選択
私たちは、流行を追うことはありません。
短時間での劇的な変化や、不自然なほどの白さを提供することもありません。
この選択は、歯科医師にとって不自由かもしれません。
しかし、私たちはこの不自由を選びました。
なぜなら、真に価値のあるものは、時間と対話、 そして一切の妥協を排した精緻な手仕事の中からしか生まれないと知っているからです。
流行に流されず、本質を愛する方へ。
当院の扉は、その準備が整った方のために、常に静かに開かれています。
