ここには、当院の診療方針ではなく、なぜそうするのか、といった考え方そのものを記しています。
Labiis aequitas splendorem praebet.
調和こそが、口元に輝きをもたらす
当院の診療理念を一言で言うと、この言葉に尽きます。
私たちが修復するのは、歯ではなく、調和です。修復とは、調和を回復することです。
「回復する」と言うのは、調和とは何かを新しく足すものではないからです。もともとあった関係が、失われている。そこへ手を入れて、戻す。私たちの診療が、何かを足すことではなく、治療の痕を消していくことに向かうのは、そのためです。
調和が回復したとき、口元に現れるものを、人は美しさと呼びます。
その美しさは、白さや左右対称という、数字で表される完成度のことではありません。その方の顔立ち、唇の動き、周りにあるご自身の歯との関係が整ったとき、そこに現れるものです。
治療が本当に終わるのは、あなたが歯のことを考えずに暮らせるようになった日です。
関係性ということ
それ自体で独立して存在するものは、この世界にひとつもありません。
歯は、顔立ちのなかにあって初めて「歯」になり、顔立ちは、その人の人格や表情、声、身振りのなかにあって初めて「その人の顔」になります。そしてその人は、大切な人々や社会との関係性のなかにあって初めて、その人自身になります。
隣り合う歯、かみ合う歯、それを支える歯ぐき、顔の輪郭、話し方、笑い方、そしてその方の日々。一本の歯は、そのすべてとの関係のなかに在ります。私たちが診ているのは、歯という部品ではなく、その関係の全体です。
ですから、一本の歯を治すということは、その関係を整えるということです。関係が整ったとき、治した歯は、特別な一本であることをやめて、全体のなかに静かに還っていきます。
あなたという、お一人だけのために
だからこそ私たちは、顔立ち、人柄、人生、大切な人との関係性のなかに生きる、おひとりとして、あなたと向き合います。歯を、あなたご自身の一部として捉えているからです。
私たちがつくっているのは、「物」ではありません。つくったものが、心地よく消え去り、あなたご自身の魅力が、静かに現れている状態を、目指しています。
私たちの考える「自然」
自然な歯とは、白さや左右対称といった、数字で測れる完成度のことではない、と私たちは考えています。
それは、その方の在り方全体に宿るものです。健やかさ、生命感、そして表情が、その方自身と響き合っているかどうか。
かたちも、色も、同じです。歯のかたちが、唇の動きや、笑いかたと合っていること。
生まれ持った歯より白い歯であっても、その方と調和しているなら、それは自然で、その方にふさわしい歯です。ある方には華やかな明るさが、別の方には落ち着いた色合いがふさわしいように、あらかじめ決まった正解は、ありません。
作為の痕を、消していく
治療とは、何かを足すことだと思われがちです。白いものを足す。新しいものを足す。しかし私たちの治療は、その逆に近いものです。治療という行為の痕、人の手が入ったという作為の痕を、最後にはすべて消していくことです。
手をかければかけるほど、手の痕が見えなくなっていく。それが、私たちの目指す仕上がりです。
過去に受けた治療が、ときに、ご自身の口元から、その人を少しずつ遠ざけてしまうことがあります。
画一的なかたち、不自然な白さ。鏡を見るたびに、自分ではない誰かと出会うような、かすかな違和感。審美歯科治療とは、古い治療をただ新しく作り直すことではありません。残ってしまった作為の痕を、より精密な処置で、消していくことです。
ですから、治療が本当に終わるのは、装着の日ではありません。あなたが、歯のことを考えずに暮らせるようになった日です。
鏡を見ても、どれを治したのか、ご自身でも忘れてしまう。会食の席で、口元を気にせずに笑っている。歯のことが、日々の関心から静かに消えている。あなたが、治療を受けたというより、元の自分に戻った、と感じてくださること。それが、私たちの目指す歯科医療の、本来のかたちです。


