「綺麗にしてほしい」と思うとき、その綺麗が何を指すのかを、ご自身でも掴めずにいる方は少なくありません。綺麗とは、要素それ自体が整然としていることです。美しさとは、全体との調和のことです。そして美の基準は、骨格や噛み合わせという身体の制約と、これが自分らしいと感じるご本人の感覚との、交差点にあります。

綺麗と、美しい

綺麗とは、要素それ自体が整然としていることです。汚れがなく、まっすぐ並び、目立つ不備がない。ピアノの鍵盤のように隙間なく揃い、着色ひとつない真っ白な歯。それは、単体で見れば確かに綺麗です。けれど、顔全体の中に置いたとき、そこだけが浮いて見えることがあります。

美しさとは、全体との調和のことです。わずかな傾きも、色の濃淡も、年齢相応の摩耗も含みながら、その方の笑顔とお人柄に馴染んでいる状態です。

綺麗は、装飾の論理です。美しさは、調和と生命の論理です。

整いすぎたものが不自然に見えるのには、理由があります。自然界に、完全な左右対称は存在しません。人の顔も、歯も、必ずわずかな揺らぎを含んでいます。定規で描いたように完璧に対称な歯を見たとき、脳はそれを生き物ではなく、工場で作られた製品として認識します。表面がつるりと平らであれば、光が複雑に散らばるという情報が失われ、視覚的に平坦な印象になります。そして、静止した状態で完璧に整えられた歯は、動いた瞬間に、筋肉の動きや顎の軌道と喧嘩します。

人が違和感を覚えるのは、生き物としての自然さと、目の前にあるものとの、ずれに対してです。年月を重ねた顔立ちに、摩耗のまったくない青白い歯が入っていれば、肌の質感が語る歴史と、歯の若さが矛盾します。脳はそれを、異物として認識します。

学問としての定義

審美歯科は、学問の名前です。日本歯科審美学会は、歯科審美学をこう定義しています。

歯科審美学とは、顎口腔における形態美・色彩美・機能美の調和を図り、人々の幸福に貢献する歯科医療のための教育および学習に関する学問体系である。

形の美しさ、色の美しさ、そして機能の美しさ。この三つの調和、とあります。

なぜ、機能が美の一部なのでしょうか。歯は、静止画として鑑賞される彫刻ではないからです。日々、強い力を受け、噛み、話し、動いています。静止した状態でどれほど整っていても、動きの中で干渉があれば、欠け、外れ、周りの組織が炎症を起こします。美しさは一瞬で崩れます。逆に、無理のない顎の動きと、明瞭な発音を叶える形は、結果として最も無駄のない形になります。機能という裏づけがあって初めて、美しさは長い時間を生き延びます。

そして、なぜ学問としての定義が必要なのか。個人の好みだけに委ねると、医療としての安全性が失われるからです。ご希望のままに歯を大きく削り、噛み合わせを無視して白い材料を入れれば、噛み合わせの崩壊や、歯の神経や歯ぐきの炎症を招きます。また、歯科医師と歯科技工士が協働するとき、「綺麗に」という言葉だけでは、同じものを目指すことができません。審美の治療とは、患者さまの「こうなりたい」という望みと、身体としての限界とを、安全な範囲の中で擦り合わせていく治療です。その基準線として、定義があります。

当院が指針とするウィリー・ゲラーも、同じ方向を向いています。彼は審美のパラメータとして、健康、生命力、強さ、美しさ、幸福感を挙げました。健やかな噛み合わせと歯ぐきの上に成り立つこと。人工物と感じさせない、生きた印象があること。長く保つ構造であること。その方の個性と響き合うこと。そして、ご本人が満たされること。学会の定義が幸福感を含んでいることと、ここでも一致しています。

基準はどこにあるか

美の基準は、外にあるのでしょうか。それとも、その方の中にあるのでしょうか。

答えは、その両方の交差点にあります。

外にある基準とは、骨格、噛み合わせの力学、歯ぐきの組織といった、人間という生き物としての制約です。これを無視した美しさは長持ちせず、身体を壊します。内にある基準とは、ご本人が「これが自分らしい」と感じる感覚です。どれほど解剖学的に完璧でも、ご本人が違和感を抱けば、その治療は成功していません。

私たちの仕事は、外の基準という安全な範囲の中で、内の基準をどう成立させるか、その着地点を探すことです。

基準の具体を、いくつか挙げます。白さの上限は、その方の白目の明るさです。これを超えて白くすると、視線が口元だけに集まり、顔から浮きます。肌や唇の持つ色みと調和する色を選ぶことで、顔全体に馴染みます。形は、顔の輪郭から導かれます。中央の前歯の形を上下逆さまにすると、その方の顔の輪郭と似た形になる、という古くからの指標があります。年齢も基準の一つです。若い歯は先端が丸く、光の透過性が高い。年月を経た歯は摩耗で先端が直線的になります。年齢に合った摩耗を再現することで、年相応の美しさが生まれます。そして、唇の動き。安静時にどれだけ歯が見えるか、笑ったときのラインが下唇のカーブと平行かどうか。

では、万人にとって美しい歯というものは、あるのでしょうか。誰にでも当てはまる一つの型、という意味では、存在しません。けれど、人が本能的に健やかだと感じ取る構造の原則は、共通して存在します。揺らぎを含んだ対称性、健康なピンク色の歯ぐき、無駄のない噛み合わせ。これらは生き物としての健全さの徴として、誰の目にも好ましく映ります。ですから、万人にとって美しい歯とは、どこかの誰かの歯を写したものではなく、その方の骨格と年齢と表情に、完全に個別化され、身体と調和した状態のことを指します。

好みと流行について

ご希望や好みは、どう扱われるのか。

噛み合わせや歯ぐきの健康を損なわない範囲であれば、全面的に尊重します。やや明るめの色を選ぶ、あえて少し角を残す。そうしたご希望は、その方の個性を引き立てる要素です。

ただ一つ、申し上げなければならないことがあります。健康な歯を大きく削り落としてまで、流行の形や白さを追うことについては、私たちは再考をお勧めします。削った歯は戻りません。今日の流行のために、その歯の寿命を縮めることになるからです。

私たちの答え

当院の診療の理念を、ラテン語の一文にしています。

Labiis aequitas splendorem praebet.
調和こそが、口元に輝きをもたらす。

ここで言う輝きとは、光沢のことではありません。歯の表面がつやつやと光ることではないのです。調和が成立したときに、口元に現れる状態のことです。

そして私たちが目指す仕上がりは、治療の痕を残さないこと。治した跡が見つからない、ということではありません。歯がそれ自体を主張することをやめ、顔立ちと、身体の機能と、その方の人格の中に、溶け込んでいる状態です。

仕上がりを、どう見るか

治療の前に、何を望めばよいのか。色の見本を見せられて、番号で選ぶ。そういう経験をされた方もいらっしゃるかもしれません。当院では、色の番号でお伝えいただく必要はありません。むしろ、どういう場面で、どう見られたいかを、言葉にしていただけると助かります。

たとえば、こういう伝え方があります。自然光の下や、人と食事をしているときに浮かない明るさにしたい。人前で話すときに、口元を気にせずにいたい。歯を治したのかと訊かれるよりも、雰囲気が明るくなったと言われるくらいの自然さがよい。写真を撮られるときに、影になって黒く見える部分を解消したい。数値ではなく、どうありたいかを言葉にしていただくことが、私たちとのずれを防ぎます。

そして、仕上がりの見方です。診療台の上で、手鏡を近づけて見るだけでは足りません。

まず、距離を変えてください。五センチではなく、人と話す距離、およそ一メートル離れて、顔全体との調和を見ます。次に、光を変えてください。診療室の照明の下だけでなく、屋外の自然光や、夜の室内の灯りの下で、色と光の透過性を確かめます。それから、動かしてください。話す、笑う、イーと発音する。その動きの中で、唇に引っかかりがないか、見え方が自然かを見ます。最後に、機能で確かめます。噛んだときに特定の歯だけが強く当たっていないか。デンタルフロスが引っかからずに通るか。歯ぐきに腫れや違和感がないか。

写真をご覧になるときは、四つの点を見てください。笑ったときの歯の先端を結ぶラインが、下唇の内側のカーブと平行を描いているか。口角の奥に、適度な影があるか(影が全くないと、詰め込んだような印象になります)。顔の中心線に対して、歯並びの中心や歯の傾きが、大きく傾いていないか。そして、見えている歯ぐきのラインが左右で揃い、健康なピンク色をしているか。

時間が証明するもの

装着した日の美しさは、まだ半分です。時間が経って初めて確かめられることがあります。

数か月、数年が経っても、修復物と歯ぐきの境目が赤く腫れず、引き締まったままでいるか。噛み合わせによる欠けや破損が起きていないか。噛み合う相手の歯を、過度に減らしていないか。表面の質感が保たれ、変色や艶の消失が起きていないか。

そして、最も大切な一つ。ご自身の歯であるかのように、存在を忘れて暮らせているか。

人工物であることを忘れられること。それが、時間の経過が与える、最高の証明です。そして、その判定をするのは、私たちではありません。あなたご自身です。

要素、原理、そして定義

一本の歯の中で何が起きているか(要素)。歯が何と釣り合っているか(原理)。そして、何を美しさと呼ぶか(定義)。要素は別のページ「天然歯らしさとは」に、原理は「調和とは」に記しました。本ページの定義は、その二つの上に立っています。

天然の歯らしさを再現し、それを調和の法則に従って配置する。その結果として、美しさと呼べる状態が現れます。要素だけを追っても、調和を無視すれば違和感が生じます。原理だけを当てはめても、細部の質感が伴わなければ、安易な人工物になります。両方が噛み合ったとき、初めて、その方の口元に何かが起こります。

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表参道歯科アールズクリニック院長

田中良一

東京医科歯科大学(現 東京科学大学)歯学部卒
元 山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)

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