「透明感のある歯」という言葉を見かけることがあります。この言葉が指している魅力の正体は、透明であること、つまり光をよく通すこと(透過性)ではありません。透過性は測ることのできる物理の性質、「透明感」は人が感じ取る印象であり、二つはイコールではないのです。透過性を上げすぎた歯は、口の中の暗がりを拾って、かえって暗く沈みます。澄んだ印象の正体は、沈まない明るさ、内部の光の散らばり、潤いの艶、内側からの発光、濁りのない色の釣り合いです。そして、その釣り合いを作るのは材料の名前ではなく、光の振る舞いを読んで組み立てる、作り手の技術です。
「透明感」は、化粧の言葉だった
「透明感」は、もともと歯に対する言葉ではありません。化粧の言葉として先にありました。「肌の透明感」と言うとき、肌が文字通り透けて見えることを指す人は、いないでしょう。指しているのは、くすみや濁りのなさ、みずみずしい艶、そして内側から明るんでいるような印象です。歯に使われるようになっても、この言葉の中身は変わっていません。ベタッとした不透明な白ではないこと、黄ばみや濁りがないこと、光を受けて内側から明るんで見えることです。
一つの言葉に、二つのものが入っている
ここで、二つのものを分けておきます。透過性は、光が物質をどれだけ通り抜けるかという、測ることのできる物理の性質です。「透明感」は、濁りがなく、清らかで明るく見えるという、人が感じ取る印象です。物差しで測れるものと、目と心が受け取るもの。層が違います。
そして両者は、材料と結果の関係にあります。歯の澄んだ印象は、半透明であること、先端が青白く輝き、透かすと暖色を帯びること(乳白光、オパール効果)、内側から発光すること(蛍光性)、表面の落ち着いた艶。そうした光学の現象が束になって、はじめて生まれます。透過性は、その束の一本にすぎません。一本にすぎないものを全体と取り違えたところに、この言葉のねじれがあります。
光を通すほど、天然の歯に近いのか
歯科のサイトでは、「透明感」という言葉はいくつかの決まった形で使われています。材料が「透明感」を出す、という形。「透明感」があるから隣の歯に馴染む、という形。そして、「透明感」の高いものほど天然の歯に近い、という形です。
これには由来があります。かつて審美修復の主流だった、金属のフレームにセラミックを焼き付ける方法(メタルセラミクス)では、金属の色を隠すために、光を通さない不透明な層を重ねる必要がありました。その結果が、光を通さないベタ塗りの白さです。金属を使わないセラミックが登場したとき、その利点は「光を通す」という一点で語られ、光を通すことがそのまま、優れていること、天然の歯に近いことの符号になりました。
もう一つ、自費治療の料金を説明するとき、「強度」と「透明感」の二本の軸は価格の理由として最も分かりやすく、メーカーが材料を透過性の高低で規格化して出荷していることもあり、その技術の言葉がそのまま一般向けの「透明感」に訳されて広まりました。そして、自然さを生む最大の要因である作り手の技術は目に見えず、材料の名前は目に見えます。語りやすいものが語られ続けた結果が、いまの言葉の風景です。
口の中という暗室で
光をどれだけ通すかは、材料の種類で決まるものではありません。同じセラミックでも、組成によって、また厚みによって、大きく変わります。セラミックの中には、光をまったく通さない不透明なものさえあります。「セラミックだから透明感が出る」という言い方が成り立たない理由は、ここにあります。
そして、天然の歯の光を再現するために必要なのは、光を多く通すことではありません。光がどこではね返り、どこで散るかを、材料の中で組み立てることです。
なぜなら、口の中は、明るい場所ではないからです。開いた口の奥に、光はほとんど届きません。歯の背景は、いつも暗がりです。まわりには歯ぐきや舌の濃い赤があり、歯の表面は唾液の潤いで艶を保っています。この環境で透過性を上げすぎた歯には、二つのことが起きます。背後の暗がりが透けて、歯全体が灰色に沈む。歯ぐきとの境目が影を引き込んで、暗い線になる。
自然さを作っているのは、光を通すことではなく、どこで光を跳ね返し、どこで逃がすかという、遮ることと通すことの釣り合いです。透過性の高い材料ほど、この釣り合いの取り方は難しくなります。
澄んだ印象の正体
では、天然の歯の澄んだ印象は、何でできているのでしょうか。
まず、明るさです。光が奥で消えずに、目に返ってくること。暗く沈まないことが、澄みの土台です。次に、内部の散らばり。エナメル質が波長の短い光を散らして生む、先端の青白い涼しさ。それから、艶。鏡のようなテカリではなく、微細な凹凸が光を柔らかく拡げる、潤いのある光り方。そして、蛍光性。目に見えない紫外線を受けて内側から青白く発光する性質で、影に入ったときの沈みを、内側から支えます。最後に、色の濁りのなさ。黄みや赤みが適度で、くすみがないこと。
この五つの釣り合いが、人の目に「澄んでいる」と映ります。透過性は、この釣り合いを支える一員であって、主役ではありません。
同じ材料でも、作り方で変わる
作り方のことも、ひとこと添えます。部位と目的によって、適する方法は変わります。そのうえで、同じ組成の材料でも、一塊から削り出す方法と、層を重ねて焼き上げる方法とでは、光の振る舞いが変わります。均一な一塊の中では、光は素直に通り抜けるか、全体で同じように散るだけです。層を重ねた内部では、層と層の境目を通るたびに、光が屈折し、反射し、散らばります。光が内部に留まり、押し返されてくる。奥行きは、そこから生まれます。
つけ加えるなら、層を重ねることと、色を配ることも、同じではありません。二層を重ねれば、構造としては層になります。けれど、天然の歯が一本の中に持つ無数の色の表情は、それだけでは生まれません。層という構造の上に、どこにどの色を置くかという描き込みがあって、はじめて表情が立ち上がります。多色築盛とは、この描き込みまでを含む製作法です。
結び
自然さを生む最大の要因は、材料そのものではありません。光をどこで返し、どこで散らすかを読み、組み立てる、作り手の技術と観察です。
「透明感のある歯にしたい」という望みは、間違っていません。その正体は、光を通す量ではなく、光の振る舞いです。透明感のある歯とは、透明な歯のことではないのです。ですから、材料の名前を物差しにする必要はありません。見るべきものがあるとすれば、それは診断と、作り手です。歯の光の構造そのものについては「天然歯らしさとは」に、作り手については「セラミストという仕事」に、詳しく記しました。
文献
- Lee YK. Translucency of human teeth and dental restorative materials and its clinical relevance. Journal of Biomedical Optics. 2015;20(4):045002.
- Villarroel M, Fahl N, De Sousa AM, De Oliveira OB Jr. Direct esthetic restorations based on translucency and opacity of composite resins. Journal of Esthetic and Restorative Dentistry. 2011;23(2):73-87.


