自由診療と自費診療の違い
「自由診療」と「自費診療」。この二つの言葉は、世間ではほとんど同じ意味で使われています。けれど、この二つは、全く異なるものです。
その違いを知ることは、これから歯科治療を選ぼうとする方にとって、医院を選ぶことよりも先に来る、判断の物差しになります。
「自由」とは
自由診療の「自由」とは、保険の規則からの自由のことです。
健康保険の診療には、検査の項目、処置の手順、使える材料、そのすべてに国の定めた規則があります。自由診療は、その規則の外で行われます。法律に反しない限り、診査の内容も、かける時間も、工程も、材料も、歯科医師の裁量で、患者さん一人ひとりに合わせて組み立てることができます。
裁量の範囲は、広いものです。だからこそ、その広い裁量を何のために使うかが、すべてを決めます。私たちは、「自由診療とは正しい治療を正しく行う医療である」と考えています。来られたすべての患者さんに、時間や材料に縛られず、十分な時間と集中をもって、学術的に定められた治療を正しく行うこと。それが自由診療の、最も大切なことです。
保険診療という仕組み
比べるために、まず保険診療の仕組みを正確に見ておきます。
保険診療では、すべての医療行為に「点数」が定められています。点数とは、国が決める医療行為の価格の刻みで、現在は1点が10円です。どの処置に何点、と全国一律に決まっています。全国のどこでも、誰でも、同じ基準で医療を受けられる。それ自体は、大切な仕組みです。
ただ、この仕組みには構造上の帰結があります。一つの処置の単価が低く定められているため、一人の患者さんに長い時間をかけると、医院の経営が成立しません。保険診療で一人あたりの診療時間が短くなるのは、歯科医師の怠慢ではなく、経済的な必然です。保険の点数は、丁寧に時間をかけた治療を、評価しません。丁寧に時間をかけた保険治療は、歯科医師の自己犠牲によってしか成立しないのです。
もう一つ、あまり知られていない事実があります。歯科医師は、保険診療のルールを大学で教わりません。大学が教えるのは、学問に則った診療です。保険診療は、学問ではなく、国の予算の支払いシステムに則った診療だからです。歯科医師は、学問の通りの治療を学んで卒業し、その通りにはできない仕組みの中で働き始めます。
自費診療は、自由診療ではない
では、自費診療とは何でしょうか。
自費診療とは、費用を患者さんが全額負担する診療のことです。支払いの話であって、診療の内容の話ではありません。実際、世間で自費診療と呼ばれているものの多くは、保険診療の発想、つまり処置ごと、歯ごとに値を積み上げる考え方をそのまま引き継ぎ、費用の負担だけを患者さんに移したものです。かぶせ物の材料を保険適用外のものに替える。その部分だけが自費になる。治療の手順は、保険のままです。
自由診療は、その枠の外に立ちます。診査の内容から、時間の使い方、工程、材料まで、保険の規則を前提にせず、ゼロから組み立てる。ですから、保険診療と自由診療とのあいだに、同じ「かぶせ物」は存在しません。名前が同じでも、それを作る診査と工程と時間が、別のものだからです。
服飾の世界の言葉で言えば、こうなります。既製の服の生地だけを上等なものに替えても、それは既製服です。Sur mesure(シュル・ムジュール)、つまり、あつらえの仕立ては、その方の採寸から始まります。自費診療と自由診療の違いは、生地の違いではなく、仕立ての違いです。
自由診療で、何が変わるか
患者さんから見て、具体的に何が変わるのか。
まず、時間です。保険診療では、1回の診療は15分ほどが一般的です。自由診療では、1回に1時間から、長い場合は6時間以上をかけます。この時間の差が、診査の深さの差になります。かける時間が違えば、診られる内容が違う。診断の質は、そこから変わります。
材料は、口腔の状態に合わせて、全ての歯科材料の中から最善のものを選べるようになります。保険では、保険適用の範囲の中から選ぶことになります。ただし、ここで一つ、はっきり述べておきたいことがあります。自由診療と保険診療の違いは、材料の違いではありません。高い材料を使えば良い治療になる、ということもありません。治療の質を決めるのは、材料ではなく、歯科医師の技量です。材料は手段にすぎません。
技工の世界も変わります。かぶせ物の色と形を専門とするセラミストと呼ばれる歯科技工士の手仕事には、長い時間がかかります。保険の技工の仕組みの中には、その時間の居場所がありません。ですから、セラミストの手仕事は、自由診療の時間の中にだけ、存在できます。
一方で、正直に記しておくべきこともあります。通院の回数は、自由診療の方が多くなることがあります。保険診療は国が規格を定めているため、回数だけを見れば保険の方が少ない場合もあるのです。自由診療が約束するのは、少ない回数ではなく、一回ごとの深さです。
費用の意味
自由診療の費用は、材料の代金ではありません。時間の対価です。
一人の患者さんに1時間から、長い場合は6時間以上をかける。診査に、診断に、処置に、それだけの時間がかかるから、費用は必然的に高くなります。高くなることは、結果であって、目的ではありません。
保険診療の経営では、「何点取れたか」が医院の利益を決めます。自由診療で問われるべきは、その逆です。「何を与えられたか」、患者さんが受け取ったものが、すべての基準になります。
費用の総額は、診断と治療計画によって決まります。ですから、診断の前に総額は存在しません。当院では、診断ののち、計画と総額を書面でお渡しします。歯の状態によっては、治療の経過を追って判断せざるを得ない、事前に確定できない部分が残ることもあります。その場合は、その旨も含めて、あらかじめお伝えします。

