
Written by 田中良一 表参道歯科アールズクリニック院長
開業時、使用していた診療ユニットはデンマーク製のFlex Integral(フレックス インテグラル)でした。使用15年目に故障し、保守が終了していて修理できなかったため、現在はドイツ製KAVOのユニットに入れ替えています。
私がこのユニットの最大の利点と感じていたのは、ヘッドレストを大きく後ろへ倒しても患者さんに苦痛を与えず、上顎の治療に必要な視野を広く確保できたことです。実際の診療では、上顎の治療精度を高めるうえで大きな利点がありました。
ハンドピースの重さを感じない、無重力のような使い心地も印象に残っています。患者さんの頭の位置を整えて治療する場所を見やすくし、その視野の中で器具を扱う。長年使ってきたFlex Integralについて、診療中に感じていた利点と、その背景にある設計を紹介します。
上顎の視野を広く確保できたヘッドレスト
ヘッドレストは、診療椅子の上部にある、患者さんの頭を支える部分です。診療椅子の背もたれを倒すことに加え、ヘッドレストの傾きを調整することで、頭の角度と、術者から口の中を見る方向を変えられます。
Flex Integralでは、ヘッドレストを大きく後ろへ倒すことが可能だったことが、上顎を治療する際に役立っていました。私の診療では、その位置でも患者さんに苦痛を与えずに頭を支えることができ、術者から見える範囲を大きく広げられました。頭を後ろへ向けられることと、その姿勢を苦痛なく保てることが、同時に得られた点を高く評価していました。
メーカーのカタログには、ヘッドレストに二つの関節を備える構造が記載されています。また、ヘッドレストを調整することで、上顎と下顎の視野を確保する設計として紹介されています [1]。
私が実際に感じていた利点は、この上顎の見やすさでした。これまで私が使用したユニットの中では、患者さんの負担を抑えながら上顎の視野を確保する点で、Flex Integralに匹敵するものはありませんでした。
見える範囲が広がることと上顎の治療
口の中で治療する際には、処置する歯と器具の先端がどのような位置関係にあるかを見ながら操作します。上顎の治療では、患者さんの頭の向きによって、歯の面や器具を近づける方向の見え方が変わります。
Flex Integralでは、ヘッドレストの調整によって上顎を見渡せる範囲が広がり、治療する場所を確かめながら器具を動かしやすくなりました。私自身は、この視野の確保が、上顎の治療精度の向上につながったと感じています。
術者から見やすい位置でも、患者さんにとって苦痛があれば、その姿勢で処置を続けることは難しくなります。Flex Integralで特に優れていたと感じるのは、患者さんが苦痛なく頭を預けられることと、術者が必要な範囲を見られることを両立できた点でした。診療椅子の使いやすさを考える際に、今も強く記憶に残っている特徴です。
診療ユニットとハンドピース
診療ユニットとは、患者さんが座る椅子や、治療に使う器具、水や空気の供給、吸引などを組み合わせた設備です。患者さんには診療椅子として見える部分が大きいと思いますが、歯科医師にとっては、毎日の処置で使う器具を操作するための設備でもあります。
ハンドピースは、歯を削ったり、修復物を調整したりするときに手に持つ器具です。ユニットとはホースでつながっており、持ったときの感触には、器具自体の重さに加えて、ホースの重みや引っ張りも関わります。
ハンドピースを使うときは、先端を目的の場所に合わせるだけでなく、歯の面に沿って向きを変えたり、一定の位置に保ったりします。前歯と奥歯、歯の表側と裏側では、器具を近づける方向も異なります。口の中の限られた空間で、器具を持つ手の位置と先端の角度を調整しながら処置を進めます。
小さな範囲で器具の位置や向きを変える作業では、そうした手にかかる力の違いを感じます。Flex Integralで特に印象に残っているのは、その重さを意識せずに扱えたことでした。
重さを感じさせない器具の支持構造
Flex Integralでは、器具を吊り下げ、バランスを取って支える構造が採用されていました。メーカーのカタログにも、各器具にバランス式の支持機構を設け、器具の向きを変えたときにもホースの引っ張りが生じない設計として説明されています [1]。
ハンドピースの重量と、ホースから受ける引っ張りは、手にかかる力として分けて考えることができます。器具そのものが軽くても、つながったホースに引かれれば、その力を受けながら器具を保持することになります。使い心地には、手に持つ部分だけでなく、ユニットから手元までのホースをどのように支えるかも関係します。
Flex Integralのバランス式の支持機構は、器具を手に取って使用する間も働く仕組みです。置いてある器具を整理するためのホルダーに加え、使用中の器具とホースを支える構造があることが、特徴の一つでした [1]。
私が「無重力のようだった」と感じたのは、ハンドピースを持って動かすときの感覚です。器具の重さを手で支えているという意識がほとんどありませんでした。
器具を歯に近づけ、角度を変え、少しずつ動かすという、日々の診療で繰り返す操作の中で、この使い心地を感じていました。手に持っている器具にはもちろん実際の重量があります。それでも、操作している私には重さが感じられなかったという意味で、「無重力」という言葉が実感に近いと思います。
こうした感覚は、外観の写真や機能の一覧だけでは伝わりにくいものです。私にとってFlex Integralは、手に持って使ったときの感触が強く記憶に残るユニットです。
器具の配置と診療中の動作
Flex Integralの設計には、器具の重さを支えることに加え、診療する位置から器具に手が届くように配置するという考え方も見られます。メーカーの資料では、器具を視野の周辺に配置し、患者さんから大きく目を離さずに取れる構成が紹介されています [1]。
診療中は、一つの器具を手に取って処置を終えるまで持ち続けるとは限りません。処置の内容に合わせて器具を替え、使い終えた器具を戻し、次の器具を取る動作を繰り返します。器具までの距離や置かれている方向は、手を伸ばす動きに関わります。
器具を取るまでの動作と、取った後に口の中で扱う動作は、続けて行われます。器具の配置と支持構造を一緒に見ると、Flex Integralが、使っている最中の手の動きまで含めて設計されたユニットであることが分かります。外から見た形だけでは分かりにくい部分ですが、診療用の設備を理解するうえで興味深いところです。
足元で操作するFlex Integral FC
私が使用していたFlex Integral FCには、主電源スイッチ以外に、ボタンやスイッチの類は一切ありませんでした。主電源の入・切を除くすべての操作を、足元のフットコントロールで行う構造です。FCはFoot Controlを意味します [2]。
製品カタログでも、器具やユニットの各機能を一つのフットコントロールで操作できることが紹介されています [1]。
そのため、治療中に機器を操作する際も、手指で触れる操作部がありません。機器の操作に伴う手指の汚染を避けられることが、この仕組みの利点でした。
デンマークで続いてきた開発
Flex Integralを開発したデンマークのFlex Dentalは、現在のXO CAREの前身です。その歴史は1951年、歯科機器の修理を手がける工房から始まりました。のちに、診療ユニットの開発へと仕事を広げていきました [1][2]。
1972年に同社が開発したFlex 2では、ハンドピースなどの器具を上から吊り、重さのバランスを取って支えていました。歯科医師は器具を使いやすい順に並べることもできました。1979年のFlex CCでは、治療中も手を使わずに済むよう、ユニットの各機能を足元のペダルで操作できるようにしました [2]。<
Flex 2の開発から17年後の1989年、同社はFlex Integralを発売しました。私が開業時から使っていたFCは、発売当初からあった足元操作のモデルです [2]。器具を吊って支える仕組みも受け継いでいました [1][2]。<
ハンドピースを手に取り、治療する歯に合わせて先端の向きを変える。日々の診療で何度も繰り返す動作ですが、Flex Integralでは、その間も手にほとんど重さを感じませんでした。私が覚えているあの扱いやすさには、Flex 2の頃から続く器具の支え方の工夫がありました。
使用15年目の故障と入れ替え
Flex Integralを使い終えるきっかけは、使用15年目に起きた故障でした。その時点では保守が終了しており、修理ができなかったため、別のユニットへ入れ替えることになりました。
使い心地を気に入っていても、修理を受けられなくなった時点で、その機器を使い続けられるかという問題が生じます。私の場合は、実際に故障が起き、修理不能となったことで、入れ替えが必要になりました。
長く使ってきた機器でも、故障したときに修理できなければ、診療で使い続けることはできません。使い心地に加えて、保守や修理を受けられることも、医療機器を使用するうえで必要な条件です。
現在、Flex Integralは使用していません。それでも、患者さんに苦痛を与えずに上顎の視野を広げられたヘッドレストと、ハンドピースの重さを感じずに操作できた感覚は、今もよく覚えています。私にとっては、特に上顎を治療する際の見やすさに大きな利点があったユニットです。

執筆者
田中良一
表参道歯科アールズクリニック院長
東京医科歯科大学(現 東京科学大学)卒業、山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)を経て開業。審美修復をはじめ、歯周病やインプラント分野でも国内外で研鑽を積み、知識と技術を培ってきました。歯や歯ぐきの健康、かみ合わせを確かめながら、修復した歯が顔立ちや表情になじみ、ご本人が自分の口元として感じられることを大切にしています。
執筆者経歴ついてはこちら