表参道歯科アールズクリニック院長 田中良一

要約

歯科医療はこの半世紀で、削って詰める治療から、できる限り天然の歯を残す治療へと、その前提そのものを書き換えてきました。支えているのは、接着歯学とMI(ミニマルインターベンション)という二つの概念です。歯科材料が歯に接着するようになったことで、維持のために健康な歯質を削る必要がなくなり、削り方を含むすべての術式が組み直されました。

削らずに残された天然歯にまさる審美修復の材料はなく、今日どれだけ歯を残せたかが、十年後の治療の選択肢を決めます。

「接着」という概念が変えたもの

接着とは、接着材を媒介として二つの固体を結合し、一体化した状態とすることを指します。

接着歯学とは、歯質に対する接着性を持つ歯科材料と、その臨床応用に関する学問です。

「歯と材料が結びつく」という一点が、歯科治療のあらゆる術式を根本から変えることになりました。

歴史的背景

現代の接着歯学は、1955年に発表された Michael G. Buonocore の論文から始まります。エナメル質を酸で処理することで、樹脂の接着が大きく高まることを示したものでした。

日本では、東京医科歯科大学の増原英一教授の教室が、1970年代から企業との共同研究を進め、接着性レジンの研究を軌道に乗せました。

同じ大学の歯科保存学第一講座では、総山孝雄教授が、健康な歯を削らずに虫歯を治療できないかと研究を重ね、虫歯を根こそぎ削り取る必要がないことを突き止めます。そして1970年代、細菌に感染した歯質だけを選択的に取り除き、接着性のコンポジットレジンで修復する方法を確立しました。

この方法は、当初、欧米では受け入れられませんでした。接着のために象牙質を酸で洗うという工程が、欧米の研究者から否定されたためです。その状況は1980年代の後半まで続き、接着修復が欧米とアジアに広がったのは1990年頃からでした。

前提が変われば、術式が変わる

それまでの歯科治療は、「歯科材料は歯に接着しない」という前提の上に成り立っていました。材料が接着しない以上、詰め物や被せ物を保持するためには、機械的な維持形態を歯に彫り込む必要があります。つまり、虫歯そのものではない健康な歯質まで、形を整えるために削らなければならなかったのです。

歯科材料が歯に接着するようになったことで、この前提は崩れました。維持のために削る必要がなくなり、歯の削り方を含め、すべての術式が組み直されることになったのです。接着歯学がもたらしたのは、新しい材料ではなく、新しい治療の設計思想でした。

MI概念の登場

2000年、国際歯科連盟(FDI : Fédération dentaire internationale)の専門委員会が、大きく削って詰めるという従来の方法を見直し、できる限り歯を残すMinimal Interventionの概念を、国際的に提唱しました。これにより、歯を可能な限り残す接着修復が、国際的に推奨される治療方針として位置づけられることとなります。

MIが目指しているもの

2000年に提唱されたMIの原則は、2002年、ウィーンで開かれた第90回FDI 世界歯科大会の総会において、公式の声明として正式に採択されました。

MIの基本概念は、目の前の虫歯を小さく削ることだけを指すものではありません。歯の再石灰化、生活習慣の改善、そしてそれによって口の中に存在する細菌の質を変えることまで、きわめて広い内容を含んでいます。

言い換えれば、MIとは処置の技術論であると同時に、患者さまの口腔環境そのものを長期的に良好な状態へ導くという、時間軸の長い考え方でもあるということです。

削る量が変わるということ

虫歯治療の際、銀歯にするのであれば大きく歯を削らなければならなかったところを、接着治療を用いることで、必要最小限しか歯を削らずに治療することが可能になります。削る量の差は、その日の治療の快適さの違いにとどまりません。歯は削れば削るほど弱くなり、将来的な破折や再治療のリスクを抱えることになります。最初の一回でどれだけ歯を残せたかが、その歯の一生を左右するのです。

審美的な観点からも、接着修復には利点があります。用いる材料は天然歯に近い色調と光の透過性を持ち、適切に用いれば、治療した箇所が周囲の歯質に馴染むことを目指せます。美しさは、後から加えるものではなく、削らずに残された天然歯そのものの中にあります。

将来の治療まで含めて計画する

MIの考え方で治療された歯には、もう一つ利点があります。将来不具合が生じても、最小限の治療で回復できるという点です。

大きく削って全体を覆う修復では、一部に問題が生じただけでも、すべてを撤去して作り直すほかありません。そのたびに歯はさらに削られ、少しずつ失われていきます。一方、接着修復で治療された歯であれば、問題の生じた部分のみを部分的に修復するという選択肢が残ります。

今日の治療が、十年後の治療の選択肢を狭めないこと。それがMIの本質的な価値です。

表参道歯科アールズクリニック院長
田中良一

東京医科歯科大学(現 東京科学大学)歯学部卒
元 山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)

院長について詳しくはこちら