虫歯や欠けた部分を修復するとき、失われた形を回復することと、残っている天然の歯を守ることを、どのように両立させるか。その選択肢を広げてきたのが、歯と修復材料を結びつける接着歯学です。

接着によって、修復物を保持するために歯を削る量を減らせるようになりました。一方、歯を長く使うためには、処置が必要かを判断し、虫歯の進行を抑え、治療後の修理まで考える必要があります。この一連の考え方が、MI(Minimal Intervention)です。

接着歯学が変えた修復治療の前提

接着歯学は、歯質と材料、あるいは材料同士を結びつける仕組みと、その臨床応用を扱います。

材料が歯に十分接着しない修復では、外れる力に抵抗できるように歯を一定の形に整え、その形によって詰め物やかぶせ物を保持します。これを機械的維持といい、保持に必要な形を作るために、虫歯ではない歯質まで削る必要が生じることがあります。

接着を利用すると、こうした維持形態への依存を減らし、残った歯質を生かして失われた部分を補えるようになります。ただし、接着できることによって、修復物の厚みや歯を保護するための形まで不要になるわけではありません。接着歯学が変えたのは、修復物を保持する方法と、それに伴う歯質形成の考え方です [1]

歴史的背景

現代の接着歯学の重要な出発点の一つが、1955年のMichael G. Buonocoreの報告です。エナメル質の表面を酸で処理し、樹脂の接着を高める方法を示しました [1][2]

日本でも、象牙質への接着に関する研究が進みました。東京医科歯科大学の総山孝雄らは、1979年、エナメル質と象牙質に対する接着性レジンの接着を評価し、酸処理によって象牙質への接着も高まることを報告しています [3]

1982年には、中林宣男・増原英一らが、樹脂の成分が歯質へ浸透し、その内部で硬化することによって接着が成立する仕組みを報告しました。これは、象牙質と樹脂が混じり合う「樹脂含浸層」を理解するうえで重要な研究です [1][4]

歯質へ浸透する材料の開発と、その境界で起こる現象の解明が、歯を残す接着修復の基盤を築いてきました。

エナメル質と象牙質への接着

歯の外側を覆うエナメル質は、無機質を主成分とする組織です。酸処理によって表面に微細な凹凸を作り、そこへ樹脂を浸透させて硬化させることで、歯と材料を結びつけます [1]

内側の象牙質には、無機質に加えてコラーゲンなどの有機質と水分が含まれています。象牙質への接着では、表面処理と樹脂の浸透によって樹脂含浸層を形成します。また、接着材の成分によっては、歯質中のカルシウムとの化学的な結合も関与します [1][4]

同じ歯でも、接着する組織や深さによって条件は異なります。唾液や出血から接着面を隔離することに加え、使用する接着システムに応じた表面処理、水分や溶媒の管理、硬化が必要です。象牙質は水分を含む組織であり、単に強く乾燥させればよいというものでもありません [1]

したがって、歯質を残せる範囲は、接着材を使うかどうかだけでは決まりません。残した面で接着を成立させ、その状態を維持できるかまで考える必要があります。

MIの国際的な位置づけ

国際歯科連盟(FDI)は、2002年にウィーンでMIに関する声明を採択し、2016年に改訂しました。そこで示されているのは、健全な歯質と再石灰化できる歯質を保存し、生涯にわたって歯の機能を保つための虫歯管理です [5]

MIには、虫歯の早期発見、進行しているかどうかの評価、虫歯になりやすさの把握、再石灰化を促す処置、予防、個別の経過観察、必要最小限の修復、既存修復物の修理が含まれます。小さく削る技術は、その一部です [5]

たとえば、初期の虫歯では、糖分を摂る頻度の見直しやフッ化物の利用、歯垢の除去などによって進行を抑え、削る処置を行わずに管理できる場合があります。修復した歯についても、虫歯が生じる条件への対応を続けます [5]

接着歯学は、歯質を残した修復を可能にする技術的な基盤の一つです。MIは、その技術を含め、いつ、どの範囲に介入するかを決める考え方です。接着修復を行うことだけで、MIのすべてを実践したことにはなりません。

接着修復と歯質保存

歯を残す判断には、虫歯をどこまで取り除くかと、修復のためにどのような形へ整えるかという、二つの段階があります。

深い虫歯では、歯の内部にある歯髄、いわゆる神経を守ることも重要です。歯髄の状態と修復による封鎖の見込みを評価したうえで、歯髄に近い部分の軟らかい象牙質を選択的に残す方法が検討されます。細菌の存在だけを基準に一律に削るのではなく、歯髄の健康と、修復物で病変を封鎖できる条件を併せて判断します [6]

修復方法にも違いがあります。コンポジットレジンという白い樹脂系材料を口の中で直接詰める方法では、材料を柔らかい状態で置いて硬化させるため、残った歯の不規則な形を生かせます。口の外で製作する修復物では、それを装着できる形と、材料に必要な厚みを確保します。接着を使う修復同士でも、必要な歯質形成は同じではありません。

また、歯質を多く残すことと、薄く弱くなった部分をそのまま残すことは区別します。とくに根管治療後の奥歯では、かみ合わせ面の山である咬頭を覆って保護する修復が必要になることがあります。残った歯質の厚み、亀裂、かみ合わせなどを踏まえ、咬頭を覆うオンレイなどの部分修復や、歯の全周を覆うクラウンの適応を判断します [7]

審美修復では、ダイレクトボンディングや、歯の表面を薄いセラミックで覆うラミネートベニアなどが、接着を利用する選択肢です。残った天然歯を生かしながら色や形を整えるには、希望する仕上がりに必要な材料の厚みと、接着に利用できる歯質の両方を検討します。歯質保存は、修復後の見た目と機能を成立させる条件とともに考えます。

再治療を見据えた歯質保存

修復物をすべて取り外して作り直す処置では、健全な歯質をさらに失う可能性があります。そのため、一部に問題が生じたときには、原因と範囲を確認し、修理によって残りの部分を使い続けられるかを検討します [8]

たとえば、局所的な欠けであれば、その部分を接着して補修できる場合があります。この選択肢は、直接詰めたコンポジットレジンだけに限りません。セラミックなどで製作されたかぶせ物も、材料と不具合の状態によっては修理の対象になります [8]

一方、修復物の下に虫歯が広がっている、歯に大きな亀裂がある、修理しても必要な接着や機能を得られないといった場合には、部分的な補修で対応できるとは限りません。修理か作り直しかは、材料名だけでなく、歯と修復物を一体として評価して決めます [8]

今日の治療で残す歯質は、将来の治療を支える歯質でもあります。最初の修復で必要以上に歯を削らず、治療後は虫歯の管理を続け、不具合が生じた際にも使える部分を残す。こうして再治療に伴う歯質の喪失を抑えることが、接着歯学をMI修復へ生かす意義です。

執筆者

田中良一

表参道歯科アールズクリニック院長

東京医科歯科大学(現 東京科学大学)歯学部卒

元 山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)

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