前歯の審美修復治療で、どのような治療方法を選ぶかを決めるのは、材料でも、当院の方針でもありません。あなたが何を望まれるかと、歯がどういう状態になっているかです。
同じ見た目のお悩みでも、残っている歯の量と、そこにかかる力によって、適切な治療方法は変わります。そして、どの方法を選んでも、仕上がりを左右するのは材料ではなく、治療手順です。
前歯の難しさは、許容誤差の狭さにあります
奥歯の治療で難しいのは、強い噛む力に耐える形を作ることと、器具が届きにくい奥歯で、湿気を遮って接着させることですが、前歯で難しいのは、色・形と、唇・発音との関係です。
奥歯であれば許される、わずかな色や形のずれが、前歯では違和感として認識されます。視線が集まる場所だからです。特に真ん中の二本では、その差が小さくても人工物だと感じ取られます。
歯の色は、一色ではありません。歯ぐき側から先端へ向かって変化し、内部の構造の影響を受け、透明な部分があり、紫外線を受けて青白く光る性質があり、表面の細かな凹凸が光を散らしています。これらが重なって、天然の歯の色に見えています。隣に並べて一体に見せるには、この重なりを再現することになります。
形についても、わずかなずれが、光の反射の仕方を変え、笑ったときの印象を変え、唇の支え方や発音を変えます。
前歯にかかる力
奥歯には、上から真下に強い力がかかります。前歯にかかるのは、斜めから横に向かう力です。
前歯と犬歯には、もう一つ役目があります。顎を前や横に動かしたとき、奥歯を離す働きです。噛んだまま顎を動かすと、前歯や犬歯が当たり、奥歯が離れます。この働きによって、奥歯に無理な力がかからずに済んでいます。
セラミックが割れる場合も、この力の受け方が関わります。セラミックは、上から押される力には強く、たわませようとする力には弱い材料です。顎を動かしたときの誘導が急すぎたり、一本の歯に集中していたりすると、そのたわませる力が一点に集まり続けます。
隣の歯に合わせること
前歯の治療で最も難しいのは、一本だけを治すことです。
複数本を同時に治す場合は、全体の統一感を作ることは容易です。一本だけの場合は、隣に天然の歯が存在します。そこに合わせるほかありません。
特に真ん中の一本は、反対側の同じ歯が鏡として働きます。光の透過性、先端に見える白い帯、内部の帯状の構造、表面の細かな線。そのいずれかがずれていれば、人工物だと分かります。
隣の歯との関係も大切です。歯と歯が接する位置と長さ、そのあいだの開き方によって、歯が細く見えたり、太く見えたりします。同じ形の歯でも、周りとの関係で印象が変わります。
左右の真ん中の二本は、対称であることを基本にします。ただし、完全な鏡像に仕上げると、かえって人工的な印象になることがあります。天然の歯には、わずかな角度の違いや、先端の個性があります。それをあえて残すことで、顔の中に馴染み無場合もあります。
なお、複数本を同時に治す場合は、統一感を作りやすい一方で、噛み合わせの高さや、歯の中心線や、先端を結ぶ平面を、あらためて決め直すことになります。
唇と歯ぐきと顔の中心
前歯は、静止した状態だけで見られるものではありません。
口を閉じて力を抜いているとき、上の前歯がどれだけ覗いているか。笑ったとき、先端を結ぶ線が下唇の曲線と平行を描いているか。歯ぐきがどれだけ見えるか。これらは、歯の長さと位置を決める材料になります。
発音も、判断の材料になります。サ行を出すとき、上下の前歯のあいだにわずかな隙間ができます。ファやヴの音では、上の前歯の先端が下唇の内側に軽く触れます。この二つが成立するかどうかで、先端の位置と、歯の長さと、裏側の形が決まります。仮の歯の段階で、実際に話していただいて確かめます。
歯ぐきの縁の位置も、口元の枠を決めます。歯の長さが足りない場合や、左右で歯ぐきの高さが揃っていない場合には、歯冠延長術、歯肉切除といった歯周外科が必要になることがあります。
歯から歯ぐきへの立ち上がりの形も重要になります。この形が適切でなければ、歯ぐきの健康に影響します。
顔の中心線と、歯の中心がずれていることを気にされる方は多くいらっしゃいます。ただ、実際に違和感を生むのは、水平方向のずれよりも傾きです。左右へ1ミリから2ミリ平行にずれていても、人はほとんど気づきません。しかし、中心線がわずかでも傾いていれば、0.5度でも強く違和感を感じ取られます。
傾きは、修復で直せる範囲があります。一方、2ミリを超えるような大きなずれや、歯並び全体のずれは、修復だけでは対応できません。矯正治療と組み合わせることになります。
治療方法は、ご希望と歯の状態で分かれます
治療方法は、あなたが何を望まれるか、歯がどういう状態になっているかで計画します。
歯を削る量は、最終的に目標とする歯の形から逆算して決めます。同じ治療方法でも、現在の歯の形と目標とする歯の形の差が小さければ削る量は少なく、差が大きければ削る量は増えます。ですから、「この治療方法なら削らずに済む」と一律に申し上げることはできません。
治療の実際
噛み合わせと歯ぐきを整えた上で、口元を、顔立ちと調和した健やかな姿へ回復する。それが、私たちの歯科医療です。
ホワイトニング
歯を削らずに、歯そのものの色を明るくする方法です。当院で行うのは、ご自宅で使っていただくホームホワイトニングです。お口に合わせたトレーをお作りし、薬剤を入れて装着していただきます。
歯科医院で行うクリーニングとは、別のものです。クリーニングは、歯の表面に付いた着色を落とす処置で、歯そのものの色は変わりません。ホワイトニングは、薬剤が歯の内部の色素に働きかけます。
ホワイトニング中やホワイトニング後、一時的に冷たいものがしみることがあります。その場合は、お作りしたトレーをそのまま使って、知覚過敏の薬剤を応用します。
ホワイトニング効果は永続することが理想ですが、現実には数々の要因が重なり色調が変化します。そこで、タッチアップが不可欠になります。2〜3ヶ月に1度のクリーニング、半年〜1年ごとに1〜3日のホームホワイトニングによって、より長く効果を持続することができます。
なお、差し歯や詰め物、被せ物といった人工の歯は、ホワイトニングでは白くなりません。ご自身の歯だけが明るくなり、修復物との差が広がることがあります。修復と併せて行うときは、先に明るさを整え、その色に合わせて修復物を作ります。

樹脂含浸療法
歯の表面にできた、初期の白い斑点に用いる方法です。ほとんど削らずに、多孔質になった部分へ低い粘度の樹脂を浸み込ませ、光の散らばり方を天然のエナメル質に近づけることで、白斑を目立たなくします。深い変色や、穴があいている状態には適応しません。

ダイレクトボンディング / ダイレクトベニア
コンポジットレジン(樹脂に無機の微粒子を混ぜた材料)を、お口の中で直接、歯に積み重ねて形と色を作る方法です。
適するのは、欠けた範囲が歯の頭の三分の一以下で、周りに健康なエナメル質が残っており、噛んだときの力が一点に集中しない場合です。
まったく削らずに済む場合もあります。歯と歯のあいだの隙間を閉じる場合などは、まったく歯を削らずに治療できる場合もあります。

多色築盛ポーセレンクラウン
歯の全体を覆う方法です。当院では、天然の歯の内部の色の層まで手作業で再現する、多色築盛のポーセレンを用います。
欠けた範囲が広く残っている歯だけでは強度を保てない場合や、広い範囲にひびがある場合、神経を失って歯が脆くなっている場合などにこの治療法を選択します。

ホワイトニングとの順序
ダイレクトボンディングでは、先にホワイトニングを行うことがあります。その理由は、色の合わせやすさです。人の目は、色の鮮やかさの違いには鈍く、明るさの違いには敏感です。先に歯の明るさを整えておくと、樹脂と天然の歯の、わずかな鮮やかさの差が目立たなくなります。
色が合わない原因は、材料ではなく手順です
色が合わなかった、というお話は、よく伺います。原因は、材料ではありません。色を合わせる手順のほうにあります。
当院では、規格化したストロボと、カラーバランスの調整を行なった上で写真を撮ります。さらにコンピューター上でホワイトバランスを再現します。難しい症例では、セラミストが直接、その方の歯を見て色を採ります。
セラミストに渡すのは、写真と、模型と、そのほかの記録です。渡す情報が乏しければ、どれほど腕のある職人でも、作れるものが変わります。
色が合わないのは、材料の限界ではなく、手順の不足です。
形を先に確かめます
前歯の修復では、必要に応じて、模型の上にワックスで形を作り、目指す姿を先に立体にします。仮の歯を、セラミストが作ることもあります。
仮の歯を入れて、形と長さを口の中で確かめます。話していただき、噛んでいただき、気になるところがあれば調整します。症例によっては、仮の歯を二組から三組作ります。難しい症例では、一度で形を決めるのではなく、徐々に最終的な形に近づけていきます。
そうして、見た目も、噛み合わせも、発音も成立した形ができたところで、その形を写し取り、最終の修復物を作ります。仮の歯は、本番までの間に合わせではありません。本番の設計図です。

