体には、急がせられない時間があります。

歯科治療で多くの方が望まれるのは、短い期間で終わることです。即日で歯を入れる、数日でセラミック、短期間で全顎の治療。そうした言葉を、よく目にされると思います。

私たちの治療は、そうはいきません。腕が遅いからではありません。体の側に、急がせられない時間があるからです。歯ぐきや骨が治る時間、噛み合わせが馴染む時間、職人が一本の歯を手で仕上げる時間。これらは、人の都合では縮みません。

ここでは、その時間がどこで、なぜ必要になるのかを、順を追ってお話しします。長く感じられるかもしれませんが、十年、二十年と保つ歯のために必要な時間だと、私たちは考えています。

はじめに、時間をかけて診ます。

私たちの治療は、初日に処置を始めることはありません。まず、お口の全体を時間をかけて把握することから始めます。

お一人の口腔は、すべて固有のものです。歯の配列、噛み合わせの動き、歯周組織の状態、骨の構造、顔立ちとの調和。これらを精密に把握しないまま立てた計画は、不確かな土台の上に建つことになります。

ですから初診では、歯周の精密検査、顎関節と咀嚼筋の触診、噛み合わせの確認と記録、レントゲン撮影、口腔内と顔貌の写真、歯型の採得までを行い、その分析に時間をかけます。

基礎を整えてから、修復に入ります。

審美修復は、噛み合わせと歯周組織という二つの基礎の上に、はじめて成り立ちます。だからこそ、最終的な歯を入れる前に、この基礎を整えるための時間が必要です。

歯周組織に炎症があれば、まずそれを鎮めます。歯石を取り、ブラッシングを見直し、炎症が引くのを確かめてから次へ進みます。歯周外科を行った場合、組織が治って安定するまでに、三か月から半年ほどかかります。この治癒の時間は、短くできません。生体の反応は、人の都合に合わせて速くはならないからです。

基礎が安定しないうちに被せものを入れれば、入れた直後の見た目は、数年で失われていきます。私たちが基礎に時間をかけるのは、その先の十年、二十年のためです。

仮歯で、確かめます。

最終的な被せものは、入れたあとで直すことが、とても難しい。だから入れる前に、できるかぎり完成に近い形へ近づけておく必要があります。その役割を担うのが、仮歯です。

仮歯の段階では、噛み合わせの干渉、発音の違和感、形の調整といった問題を、見つけて直すことができます。会話や食事、表情の中での見え方も、ここで確かめます。最終の歯に進むのは、これらが整ってからです。

一本一本の歯を、手で創ります。

最終的な歯を創るのは、セラミストです。ポーセレンのクラウンであれば、性質の違う陶材を一層ずつ手で盛り重ね、焼成を繰り返して仕上げます。これを多色築盛と呼びます。天然歯の色調や透明感、表面の質感を再現するために、一本のクラウンに何十時間もの作業がかかります。

天然の歯は、エナメル質と象牙質の層構造を持ち、光が層の境界で複雑に反射し、透過することで、あの独特の透明感が生まれます。この層を、手で築くのです。設計の擦り合わせ、製作中の確認、完成後の調整と、セラミストとの間で何度もやり取りを重ねます。ここにも、数週間から数か月の時間がかかります。

治療にかかる期間の目安

これらの段階を統合すると、治療期間の目安は次のようになります。

  • 1〜2本の修復:3〜6か月
  • 複数本の修復、歯周治療を含む場合:6か月〜1年
  • 全顎の再構成、歯周外科を含む場合:1年〜3年

この期間は、腕の遅さではなく、体の反応と臨床の手順が求める時間です。どこかを縮めようとすれば、いずれかの段階を省くことになり、その分は、後の年月の中で現れてきます。

時間をかけた治療が、報われるとき。

歯科治療における時間は、効率と対立するものではありません。時間は、質と長い予後を成り立たせる要素です。

お口は、生涯にわたって働き続けます。治療した直後の見栄えではなく、十年、二十年が経ったあとの状態を見据える。その時間の物差しで見れば、数か月から一年という期間は、長すぎる時間ではありません。生涯のための準備として、必要な時間です。

治療のロードマップ

すべての段階が必要となる症例では、おおよそ次の順序で進みます。症例により、全てのステップが必要なわけではありません。各ステップの間には、組織が治り、安定するための時間も必要です。

歯周組織の炎症をなくす(歯周初期治療)

すべての治療の土台となる段階です。歯肉や歯周組織に炎症がある状態では、精密な処置を行っても長期的に安定しません。

歯石の除去、ブラッシングの見直し、炎症の消退を確認してから次に進みます。

戦略的抜歯

残る見込みのない歯を、治療計画の一部として早期に抜歯します。

無理に残すことで周囲の歯に悪影響を及ぼす場合、全体の再構築のためにあえて抜歯を選ぶ場合があります。

感染歯質除去、暫間修復

虫歯などで感染した歯質を取り除き、一時的な修復を行います。

最終的な修復までの期間、機能を維持するための処置です。

おおまかな仮歯

治療期間中の見た目と機能を確保するための仮歯を装着します。

この段階の仮歯では、まだ精密な調整は行いません。

根管治療

神経を取り除く必要がある歯や、すでに根管治療がなされて入るものの再根管治療が必要な歯に対して、根管内を清掃・消毒し、緊密に封鎖します。ここでの精度が、歯の長期予後を左右します。

おおまかに噛み合わせを治す

仮歯の段階で、全体の噛み合わせを大枠で調整します。

矯正

歯の位置そのものを動かす必要がある場合、この段階で行います。

被せものだけでは対応できない位置のずれを、歯自体を動かすことで解決します。

外科処置が必要かどうかの評価

ここまでの処置の結果を評価し、歯周外科手術が必要かを再評価します。

計画時に予測した内容を、実際の経過に基づいて確定させます。

歯周外科

歯周組織の改善が必要な場合に行います。

歯肉や骨の形態を整える、骨の再生を促すなど、最終修復の土台を整えるための外科処置です。

インプラント

歯を失った部位に、インプラントを埋入します。

当院での埋入は、日本歯科大学附属病院 口腔インプラント診療科の前教授(現在は名誉教授)を招聘して行います。CT撮影や、入院・手術室での外科手術を要する症例については、同診療科に依頼します。

精密に噛み合わせを治す

噛み合わせを10ミクロン単位で精密に調整します。

顎関節との関係、咀嚼時の歯の動き、長期的な安定性までを踏まえて、最終的な噛み合わせを整えます。

咬合は一点の高さの問題ではなく、顎の運動全体の中での接触の調和であり、その調和が崩れれば、入れた歯もやがて傷みます。だからこの段階に、最も細やかな確認の時間をかけます。

最終プロビジョナルレストレーション

セラミストが製作する精密な仮歯です。

最終クラウンに近似した形態で製作し、会話、食事、表情での見え方、などを確認し、必要な調整を行った上で最終クラウンに進みます。

最終修復

最終的なクラウンを装着します。セラミストが一本ずつ手作業で最終形に仕上げます。

メインテナンス

治療完了後、定期的な管理を行います。

長期的に安定させるための最後のステップであり、治療と同じく院長が継続して担当します。

表参道歯科アールズクリニック院長
田中良一

元 山王病院歯科医長(歯周補綴担当)
東京医科歯科大学歯学部卒業