差し歯の色が合わないのは、多くの場合、術者の技量の問題ではありません。

天然の歯は一本のなかでも場所ごとに色が移ろい、光源が変われば見え方も変わります。

そして人の目がもっとも敏感に捉えるのは、色味ではなく明るさのずれです。

色を合わせる仕事の成否は、見本から記号をひとつ選ぶ一瞬ではなく、あなたの歯が持つ光の情報を、どれだけ削がずに作り手の手元へ届けられるかで決まります。

「A2の歯」というものは、存在しません

歯の色を合わせる際、歯科医院では「シェードガイド」と呼ばれる既製の色見本を用いるのが一般的です。A1、A2、A3といった記号が刻まれた人工歯のサンプルをあなたの歯の横に並べ、肉眼でいちばん近いものを選ぶ。歯科で長く行われてきた方法です。

しかし、ここに最初の限界があります。人の天然の歯は、たった一本のなかでも、場所によって色が変化しているからです。

歯ぐきに近い根元の側は、内側にある象牙質の色が濃く映るため、やや黄色みを帯びています。それが歯の先端に向かうにつれて、半透明のエナメル質が厚くなり、光を通すようになります。この移ろいがあるため、色を測る基準は歯の中央あたり(中央三分の一)に置くのが適切とされています。

つまり、一色で塗り潰されたA2の歯というものは存在しません。あるのは、全体としてはA2に近いけれど、場所ごとに異なる色を持つ歯だけです。一本の歯が宿す光の移ろいを、ひとつの記号に要約した時点で、色彩の情報の多くは、その場ですり抜けて失われています。

参考文献

  • Joiner A. Tooth colour: a review of the literature. J Dent. 2004;32(Suppl 1):3-12.

光が変われば、色は変わります

ある光の下では一致して見えた二つの色が、光源が変わった瞬間に、違う色にずれて見える。色彩学で「条件等色(メタメリズム)」と呼ばれる現象です。

セラミックとご自身の歯とでは、光を跳ね返し、内部に通す仕組みが異なります。そのため、診療室の照明の下では一致していたのに、外に出て太陽の光を浴びた瞬間に、その均衡が崩れて色がずれる、ということが起こり得ます。歯の見え方は、その場の照明の質や、歯そのものの光の通し方、光の散らばり方に、常に左右されています。

さらに天然の歯には、目に見えない紫外線を吸収して、かすかに青白い光を放つ「蛍光性」という性質があります。この光は主に象牙質に含まれるたんぱく質から生まれており、日中の太陽光の下で、歯を内側から明るく見せる一因となっています。

蛍光性を考えずに均一な材料で歯を作ると、紫外線を多く含む自然光の下に出たとき、その一本だけが暗く沈んで見えることがあります。

普段のわずかな昼光の下で、この蛍光性が人の目にどれほど影響するかについては、今も議論が続いています。いずれにせよ、場所が変わることで色が違って見える背景には、人工物と生体組織との間にある光学的性質の違いがあります。

参考文献

  • Claudia Angela Maziero Volpato et al.: Fluorescence of natural teeth and restorative materials, methods for analysis and quantification: A literature review. J Esthet Restor Dent. 2018;30(5):397-407.
  • Yong-Keun Lee: Fluorescence properties of human teeth and dental calculus for clinical applications. J Biomed Opt. 2015;20(4):040901.

違和感の正体は、色味ではなく明るさのずれ

色彩は三つの要素から成り立っています。色味そのものを指す「色相」、色の鮮やかさを指す「彩度」、色の明るさを指す「明度」です。4

隣の歯と並んだときに、私たちの目に最も強い違和感を与えるのは、赤みや黄みといった色味の違いではありません。明るさのわずかなずれです。

人の網膜は、色味よりも明暗を敏感に見分けるようにできているからです。

そのため、色を合わせる臨床では、まず明るさの基準を合わせることが鉄則とされています。明るさが合っていない歯は、色味がどれだけ近くても、周囲から白く浮いて見えるか、灰色がかって沈んで見えます。

診療室を出たあとに感じる「なぜか違う」という違和感の多くは、この明度のずれから生まれています。

参考文献

  • Sikri VK. Color: Implications in dentistry. J Conserv Dent. 2010;13(4):249-255.

色を作り上げるのは、診療室ではありません

そして、これが色の合わない歯を生む、もっとも大きな構造的な要因です。

被せ物の色や質感を最終的に創り上げるのは、診療室にいる歯科医師ではありません。あなたの口元から離れた技工所という別の場所にいる、歯科技工士(セラミスト)です。そして多くの場合、そのセラミストは、あなたのお顔も、お口のなかの実際の光景も見ることなく、歯科医師から送られた限られた情報だけを頼りに、色を再現することになります。

歯は単色ではないこと。明るさが鍵であること。光の質によって見え方が変わること。

これらを踏まえるとき、導かれる結論はひとつです。前歯の仕上がりを決めるのは、診療室で見本を並べて記号を選ぶ、その一瞬の見立てではありません。あなたの歯が持つ固有の光の情報を、どれだけ削ぎ落とさずに、形にする人の手元へ届けられるか。私たちはそう考えています。

「A2」という記号がひとつだけ文字で伝わる場合と、条件を揃えて撮影した写真が何枚も添えられ、明るさや光の通り方の分布が、色彩の地図として描き込まれて届く場合。あるいは、作る本人であるセラミストが実際にあなたと会い、あなたの歯とその表情を直接確かめる機会がある場合。この三つでは、同じ技術を持つ人が作っても、仕上がりは変わります。

色が合わないのは、誰かの技量が低いからではありません。多くの場合、医院から技工所へ情報が渡る途中で、色彩のメッセージが少しずつ削り取られて消えていくからです。

その情報を受け取って、実際に色を内側から組み立てていく職人が、どんな場所で、どんな手仕事をしているのか。一本の歯が粉から立ち上がるまでの工程については、別ページの「セラミストという仕事」に詳しく書きました。また、色の見え方をめぐる言葉そのものについては、「透明感のある歯とは、透明ではないこと」に記しています。

結び

人の天然の歯は、私たちが思っているよりも複雑な色をしています。その複雑さは、ひとつの記号や番号のなかに収まるものではありません。

私たちにとっての色合わせ(シェードマッチング)とは、既製の見本から番号を選ぶ作業ではありません。あなたの歯が持つ光の情報を、できるだけ多く、そのまま創り手の元まで送り届けるという、診療の工程そのものです。

関連記事

あなたの歯は、誰が作るのか

セラミストという仕事

表参道歯科アールズクリニック院長

田中良一

東京医科歯科大学(現 東京科学大学)歯学部卒
元 山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)

院長について詳しくはこちら