治療したセラミックを鏡で確かめたとき、診療室では合っていたはずのその歯の色が、家の窓辺では隣の歯から浮いて見える。
気のせいかと角度を変えても、やはり違う。
差し歯やセラミックの治療で、患者さんの不満の理由として最も多く挙がるのが、この色の問題です。
ある調査では、見た目への不満の約9割が歯の色に関するものだったと報告されています。
つまりこれは、気のせいではなく、審美治療の中心にある問題です。1
そして原因の多くは担当者の不注意ではなく、「色合わせ」という工程そのものの構造にあります。
「A2の歯」というものは、存在しない
歯の色合わせには、シェードガイドという色見本を使います。
A1、A2、A3……と記号の付いた人工歯を実際の歯に並べ、最も近いものを選ぶ。長く使われてきた方法です。
ただし、ここに最初の限界があります。
天然の歯は、一本の中で色が変化しているからです。
歯ぐきに近い側は内側の象牙質の色が濃く出て、切端(先端)に向かうほどエナメル質の光の透過性が増します。この変化があるため、色を測る位置は歯の中央三分の一が適切とされています。2
つまり厳密には、「A2の歯」というものは存在しません。あるのは「A2に近い、しかし場所ごとに色の異なる歯」だけです。一本の歯が持つ色の分布を一つの記号に要約した時点で、情報の多くはすでに失われています。
最も目立つのは、色味ではなく明るさのずれ
色は三つの要素で構成されます。
色相(赤みか黄みか)、彩度(鮮やかさ)、そして明度(明るさ)です。3
意外に思われるかもしれませんが、隣の歯と並んだときに最も強く違和感を生むのは、色相や彩度ではなく明度のずれです。
なぜなら、人間の眼は、この三要素のうち明度を最もよく見分けることができるからす。4,5
だからこそ、色を選ぶときはまず明度から合わせるのが理にかなった手順とされ、明度の合っていない歯は、色味がどれだけ近くても、白く浮くか、灰色がかって沈んで見えます。
「なぜか違う」という現象の多くは、ここから生まれます。
光が変われば、色は変わる
ある光の下で一致して見えた二つの色が、別の光の下ではずれて見える。これは条件等色(メタメリズム)と呼ばれる、色彩学でよく知られた現象です。
人工の材料と天然の歯とでは、光を反射し透過させる仕組みが異なるため、診療室の照明では一致し、太陽光ではずれる、ということが起こり得ます。歯の色の見え方そのものが、照明条件・透明度・光の散乱など多くの要因に左右されるのです。
さらに天然の歯には、紫外線を吸収して青色域の光をわずかに発する性質( 蛍光性 )があります。6この発光の多くは象牙質に由来し、日中の光の下で歯が明るく見える一因とされています。7
蛍光性を持たない材料は、紫外線を多く含む光の下で、その一本だけ暗く沈んで見えることがあります。ただし、蛍光性が通常の昼光下の色の見え方にどれだけ影響するかについては、影響は小さいとする報告もあり、議論が続いています。
いずれにせよ、診療室で合っていた色が別の環境でずれる背景には、材料と天然歯の光学的性質の違いがあることは確かです。
色を作るのは、診療室ではない
そして、これが最も大きな構造の話です。
被せものの色を最終的に作るのは、歯科医師ではありません。歯科技工士( セラミックであればセラミスト )が、技工所で作ります。多くの場合、作る本人は患者さんの口元を一度も見ることなく、手元に届いた情報だけを頼りに色を再現します。
ここまで述べたこと ── 歯は単色ではないこと、明度が要であること、光で見え方が変わること、乾燥で色が動くこと ── を踏まえると、結論は一つに絞られます。
仕上がりの色を決めるのは、記号を選ぶ一瞬の眼力というより、どれだけの情報が、どれだけ失われずに、作る人の手元へ届くかです。天然歯の色を正確に測り、伝えることが、前歯の補綴の成否に直結すると、繰り返し指摘されてきました。1,8
記号が一つ伝わるだけの場合と、規格化された条件で撮影された写真が複数届き、明度や透明感の分布まで図示され、ときに作る本人が患者さんの歯を直接確かめる機会まである場合とでは、同じ腕の職人でも、作れるものが違ってきます。
色が合わないのは、多くの場合、途中で色の情報が減っていくからです。
結び
天然の歯は、思っているよりずっと複雑な色をしています。
その複雑さは、記号一つには収まりません。
色合わせとは、見本から番号を選ぶ作業ではなく、あなたの歯が持つ色の情報を、できるだけ多く、作る人の手元まで運ぶ仕事です。
参考文献
- Alkhatib MN, Holt R, Bedi R. Prevalence of self-assessed tooth discolouration in the United Kingdom. Journal of Dentistry. 2004;32(7):561-566.
- Joiner A. Tooth colour: a review of the literature. Journal of Dentistry. 2004;32(Suppl 1):3-12.
- Sikri VK. Color: Implications in dentistry. Journal of Conservative Dentistry. 2010;13(4):249-255.
- Gómez-Polo C, et al. New insights in the reproducibility of visual and electronic tooth color assessment for dental practice. 2020
- Clinical comparative study of shade measurement using two methods: dental guides and spectrophotometry. Biomedicines. 2024;12(4):825.
- Fluorescence of natural teeth and restorative materials, methods for analysis and quantification: A literature review.J Esthet Restor Dent. 2018 Sep;30(5):397-407. <
- Fluorescence properties of human teeth and dental calculus for clinical applications.J Biomed Opt. 2015 Apr;20(4):040901.
- Tooth shade analysis and selection in prosthodontics: A systematic review and meta-analysis.J Indian Prosthodont Soc. 2020 Apr-Jun;20(2):131-140.
表参道歯科アールズクリニック院長
田中良一
元 山王病院歯科医長(歯周補綴担当)
東京医科歯科大学歯学部卒業

