
Written by 田中良一
表参道歯科アールズクリニック院長( 審美歯科専門 )
あなたの歯は、誰が作るのか
かぶせ物の治療には、歯科医師と歯科技工士が関わります。歯科医師は診査と診断を行い、歯を治療し、かぶせ物が入るための準備をします。そのうえで、歯の形や色を陶材で作り上げる仕事を担うのが、セラミスト(セラミックを専門とする歯科技工士)です。
診療室で会う歯科医師に比べ、かぶせ物を製作する歯科技工士の仕事は、患者さんから見えにくいところにあります。
この歯科技工士という仕事のあり方を問い続けた一人が、Willi Geller(ウィリー・ゲラー)でした。
Willi Gellerとoral design
Willi Gellerは、スイスのチューリッヒを拠点に世界各地で活動したセラミストです。1940年に生まれ、1973年に自身の歯科技工所を開きました。2024年12月12日に亡くなるまで、長く審美補綴の世界に携わりました。[1][2]
ゲラーが重視したのは、患者一人ひとりの顔貌、口元、個性との関係を考えて歯を作ることでした。1982年、こうした自身の歯科技工の哲学と仕事のあり方を「oral design」と呼びました。[1][3]
oral designは、もともと会社や製品、技工所の名称として作られたものではありません。ゲラー自身の考え方に与えられた名前でした。その考え方に共鳴した歯科技工士が、自分もoral designerと名乗りたいと申し出るようになり、つながりが少しずつ広がっていきました。[3]
ゲラー自身も後年、oral design groupは一人ひとりのメンバーによって作られたものだと語っています。それぞれの能力を認め合い、一つの考え方に統一しようとしない関係を大切にしていました。[4]
その人との調和
ゲラーは、自然の歯より白い笑顔であっても、その人と調和していれば美しくなりうると述べています。白さの程度だけでなく、その人との関係を重視していました。[5]
また、審美を考える要素として、健康、生命力、強さ、美しさ、幸福感を挙げています。ただし、これらを「五つの条件」として閉じた体系にはしていません。その直後に、人柄によって感じる美しさにも触れ、審美には多くの要素がありうると述べています。[5]
私たちは、この言葉を、歯の形や白さに一律の規格を設けるのではなく、修復物とその人との関係を見る姿勢として受け止めています。
「典型的なWilliのクラウン」を作りたくなかった
若い頃、ゲラーは自分の作ったクラウンを友人から「典型的なWilliのクラウンだ」と評されたことがありました。しかし、本人はその評価を喜びませんでした。自分の作風が分かる歯ではなく、自然の歯のように見えるものを作りたいと語っています。[4]
優れた技術を身につけることと、その技術の痕跡を修復物に残すことは、同じではありません。
作り手の名前が分かる歯を作るのではなく、その人の口元の中にある歯として見えること。この姿勢は、oral designを理解するうえで大切な部分だと私たちは考えています。
Creationという陶材
ゲラーは、歯を作るために使う陶材そのものについても考え続けていました。既存の陶材を使いながら、自分が必要とする色を得るために材料を調整していた経験から、新しい陶材の開発へ進んでいきます。
Jörg Klebothとともに開発を進め、二年間の開発期間を経て、1988年に発売されたのがCreationです。ゲラーが歯の色と光について考えてきた経験が、材料として形になったものでした。[6]
陶材の内部と歯ぐきへの光の導き方
天然の歯は、表面だけで光を返しているわけではありません。光は歯の中に入り、透過し、散乱し、反射しながら、私たちが見ている歯の色や明るさに関わっています。
したがって、天然歯らしい見え方を考えるとき、「透明感が高ければよい」という単純な話にはなりません。どのように光を取り込み、どのように光を返すかが関わります。
ゲラーは、陶材の積み重ね方について、光を遮ることを中心とした構成から、光をクラウンの内部へ取り込む構成へと考え方を変えたと述べています。[6]
当時のセラミッククラウンは、現在用いられるジルコニアのフレームとは異なり、金属のフレームに陶材を焼き付けて作るものが中心でした。金属を陶材で覆いながら、光をどのように取り込むかが課題となります。
oral designの公式資料では、Creationの設計思想を、光の導き方によって内側の金属を目立たせず、陶材から歯ぐきの方向へ光を導き、明るく見せようとするものとして説明しています。[6]
歯だけでなく、その周囲にある組織との関係まで含めて見え方を考える。ここにも、oral designと共通する視点があると私たちは考えています。
陶材の特性と歯科技工士の技術
Creationという陶材を使えば、それだけで自然な歯ができるわけではありません。
ゲラー自身も、症例に応じた材料や技法の選択と、使う材料を十分に理解することの重要性を語っています。[4]
陶材は、歯科技工士が扱う材料です。同じ材料が手元にあっても、何を見て、どこを目指し、どのように陶材を重ねるかは、作り手の仕事として残ります。
だから私たちは、陶材の名前とともに、誰がその歯を作るのかを大切にしています。
当院のセラミックを製作するセラミスト
当院の前歯の多色築盛ポーセレンクラウンは、oral designメンバーのセラミスト、内海賢二氏がCreation陶材を用いて製作しています。
院長がご希望とお口の状態を踏まえて治療を計画し、内海氏が陶材の選定と築盛を担います。色の濃淡や明るさ、光の透け方、表面の質感を、修復する一本に合わせて作っていきます。
そのためには、ご希望に加え、周囲の天然歯のどの特徴に合わせるかを、診療室から製作する人へ伝える必要があります。仕上がりは、実際のお口の中で、周囲の歯や唇、顔立ちとの関係から確かめます。歯科医師とセラミストの仕事は、患者さんが望む口元に向けてつながっています。
治したものが見えなくなること
前歯の審美修復で私たちが目指しているのは、かぶせ物そのものを美しい作品として見せることではありません。
どれほど精巧に作られていても、そこだけが独立して目に入るのであれば、その歯は口元の中で存在を主張しています。目指すのは、周囲の天然歯や口元との関係の中で、治したものが見えなくなることです。
ゲラーの思想、Creationの設計、そして歯を作るセラミストの仕事は、この目標を考えるための背景です。私たちが前歯をどのように考え、その歯を誰に託しているのかを、知っていただくためにお伝えしています。
参考文献・資料
- oral design公式サイト「Willi Geller」略歴
- Bodel Sjöholm. 「Geller Memorial Page」oral design公式サイト
- oral design公式サイト「oral design group」
- “Inside the Mind of Willi Geller, MDT—Part 1.” Pinhas Adarによるインタビュー Journal of Cosmetic Dentistry. 2010;26(2):20–24. oral design公式サイト転載
- “Inside the Mind of Willi Geller—Part 2.” Pinhas Adarによるインタビュー Journal of Cosmetic Dentistry. 2010;26(3):12–19. oral design公式サイト転載
- oral design公式サイト「Creation porcelain」
執筆者
田中良一
表参道歯科アールズクリニック院長
東京医科歯科大学(現 東京科学大学)卒業後、山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)を経て25年以上にわたり審美歯科の最前線で診療しています。審美修復をはじめ、歯周病やインプラント分野でも国内外で研鑽を積み、豊富な知識と技術を培ってきました。診療におけるこだわりは、見た目の美しさと「噛む・話す」お口本来の機能の両立です。単に歯を整えるだけでなく、歯ぐきや骨、噛み合わせまで考慮した治療計画を立案。顔立ちや唇、周囲の天然歯と自然に調和させ、治療したことが分からないほど「元の自分に戻った」と感じられる仕上がりを追求しています。
執筆者経歴ついてはこちらA/RT
Aesthetics in dentistry / Ryoichi Tanaka, DDS



