表参道歯科アールズクリニック院長 田中良一

要約

あなたのかぶせ物を作るのは、歯科医師ではなく歯科技工士です。

1982年、ウィリー・ゲラーという技工士が、かぶせ物はその人の顔立ちと個性に調和すべきだと唱え、oral design という名を掲げました。彼が基準に置いたのは、白さでも左右対称でもなく、その人との調和でした。当院のかぶせ物の色と形を担うのも、この oral design のメンバーであるセラミストです。

患者さまが診療室で顔を合わせるのは、通常、歯科医師だけです。ご自身の歯をデザインし、製作する職業が別にあることを、ご存じない方も多いと思います

1982年、この状況に疑問を投げかけたのが、ウィリー・ゲラーでした。

伝説のセラミスト、ウィリー・ゲラー

ウィリー・ゲラーは、1940年、ドイツに生まれました。オーストリアで歯科技工を学び、1973年、スイスのチューリッヒに自身の技工所を開きます。以後半世紀にわたり、歯科の審美修復という分野を、技術と材料と思想のすべてにおいて塗り替えた人物です。世界中の技工士から、マエストロと呼ばれ、敬愛されました。

2024年12月12日、84歳で亡くなりました。彼が遺したものは、いまも世界の技工の現場で生きています。

1982年、oral design の誕生

ゲラーが働き始めた頃の歯科界は、欠けた部分の機能を回復することがすべてでした。かぶせ物が、その人の顔立ちや個性と調和しているかという視点は、なかったのです。既製の人工歯は画一的で、誰の口にも同じような「典型的な」歯が並びました。技工士は歯科医師の指示に従うだけの、影の存在でした。

ゲラーはこれを、機械の部品を直すような医療だと考えました。そして1982年、自身の哲学に名前を与えます。oral design。患者一人ひとりの顔貌、口腔、個性に調和した修復を提供する、という考え方です。彼は言いました。私たち技工士は、デザイナーである、と。

この言葉は、組織を作るためのものではありませんでした。転機は二年後に訪れます。ナポリの技工士ジュゼッペ・ズッパルディ(Giuseppe Zuppardi)が、ゲラーに尋ねたのです。「私も自分を、オーラルデザイナーと呼んでもいいでしょうか。」ゲラーは答えました。「もちろんだ。」

oral design は、こうして生まれました。会員を募ったのではなく、思想に共感した一人が名を分かち合いたいと願い、それが広がったのです。いまでは世界35カ国、140名ほどの技工士が、この名のもとに集まっています。

oral design は、会社の名前ではありません

oral design は、会社の名前でも、製品の名前でも、技工所のブランド名でもありません。ゲラーが自分の考え方に与えた名前です。

ですから、導入することも、購入することもできません。会員になるのは歯科技工士個人であり、医院が団体と提携する仕組みでもありません。当院がこの名を出すのは、提携しているからではなく、当院のかぶせ物を担う技工士が、その一人だからです。

ゲラー自身が、この名が商業に使われることを嫌いました。彼が会員に課したのは、技術の水準だけではありません。他人を欺かないこと。自分のテクニックを、隠さず他の会員に教えること。名は、その約束の上に置かれています。

審美の再定義

ゲラー氏にとって、審美とは単なる「白さ」や「左右対称」といった幾何学的な完成度ではありません。彼は、真の審美を構成する要素として「5つのパラメータ」を定義しました。

  • 健康(Health): 健やかな噛み合わせと歯周組織という強固な基盤の上に成り立つ美しさ
  • 生命力(Vitality): 人工物であることを感じさせない、天然歯特有の生き生きとした輝き
  • 強さ(Strength): 構造的な誠実さと、長期的な安定を誇る耐久性
  • 美しさ(Beauty): 患者自身のパーソナリティや内面的な良さと響き合う「調和」
  • 幸福感(Happiness): 自分の口元に自信を取り戻し、自分自身に戻ることで得られるウェルビーイング

白さでも、左右対称でもないことに、お気づきかと思います。彼にとって美しさとは、まず健やかな噛み合わせと歯ぐきの上に成り立つものであり(健康)、人工物であることを感じさせない、天然の歯特有の生きた印象のことであり(生命力)、長く保つ構造の誠実さであり(強さ)、その人の個性と響き合う調和であり(美しさ)、そして最後に、患者がご自身の笑顔に満足し、well-being を取り戻すこと(幸福感)でした。

幸福感まで審美に含めるのは、言い過ぎではないか。そう思われるかもしれません。けれどゲラーは、こう考えていた人です。たとえ物理的な造形が完璧でなくても、その人の親切さや善良さが醸し出す美しさがある。歯を作る仕事の到達点は、造形の完璧さではなく、その人がその人の顔で笑えるようになることだ、と。

五つの要素を貫くのが、調和(ハーモニー)です。ゲラーの言葉に、こういうものがあります。

たとえ自然界の歯より白く作ったとしても、その人に調和していれば、それは美しい。

基準は、白さの絶対値ではありません。その人との調和です。白すぎる歯が不自然に見えるのは、白いからではなく、その人に調和していないからです。

 

クリエイション : ガレージから、世界へ

1980年代、歯科用のセラミック材料の市場は、欧米の限られた企業が占めていました。各社の陶材は、VITA社のシェードガイドに色調を準拠させて作られており、どの製品を選んでも、層の構成や仕上がりは一見して区別がつかないほど似通っていました。既存の材料では選択肢が限られるため、ゲラーのような術者は、自分の目指す色を得るために、陶材にステインを混ぜて調整する必要がありました。

ゲラーは、既存の材料では自分の目指すものが作れないと考えます。生きた印象を伝える、光と遊ぶような陶材。それが彼の望みでした。

大手の支援は得られませんでした。ゲラーは、化学に長けた友人ユルグ・クレボスと二人で資金を調達し、ガレージのような小さな場所で、自ら天然の長石を砕くところから始めます。試作と焼成を繰り返し、1988年、陶材ブランド「クリエイション」が生まれました。当時は開発の規制がいまより緩やかで、こうした手作りに近い開発が可能でした。現在では成り立たない始まり方です。

手作りから始まった小さなブランドは、大企業の占める市場を揺るがしました。業界最大手は「クリエイションを超える」と銘打った新製品で追随します。ゲラーは後年、これを振り返って、あの会社はマーケティングが下手だった、と述べています。クリエイションを超えると公言することは、クリエイションこそが基準であると、最大手が自ら宣伝したのと同じだったからです。

光と遊ぶ材料

ここで、一つの通説を正しておく必要があります。「セラミックだから、透明感のある歯になる」という言い方を、聞いたことがあるかもしれません。実は、材料の性質としては逆です。セラミックは本来、光の透過性が低い側の材料です。透明感、つまり光の透過性では、歯科用の樹脂(コンポジットレジン)の方が勝ります。

だからこそ、ゲラーは光に生涯を注ぎました。透過性の低い材料で、天然の歯の光をどう再現するか。それがクリエイションという挑戦の中身です。

不自然な、のっぺりとした白さの原因を、ゲラーは正確に特定していました。天然の歯は、白さと半透明性という相反する性質を併せ持っています。白さだけを追えば、奥行きのない質感になる。また、金属のフレームを隠すために不透明な層で光を遮断すれば、人工物らしさが際立ち、周囲から浮いて見える。白さばかりが優先され、その人との調和と、周囲の歯ぐきへの光の影響が、考えられていなかったのです。

天然のカリ長石が生む、複雑な光

一般的な陶材は、光を表面で反射するにとどまります。のっぺりとした白さは、そこから生まれます。

クリエイションは、原料である天然のカリ長石にこだわり、これを一度、非晶質のガラスにしたうえで、微細な白榴石(リューサイト)の結晶を析出させています。この微細な結晶の構造が、光を吸収し、散乱させ、反射するという、天然の歯と同じ複雑な挙動を生みます。結晶が均一に析出することで、気泡の少ない密な焼結構造となり、抗折強度も高まります。

虹彩効果という、動的な美しさ

光の三つの挙動(吸収、散乱、反射)を制御することで、歯の内部から湧き上がるような奥行きと輝きが生まれます。これが虹彩効果(イリデッセンス)です。

単一の白さは、いわば静止画の美しさです。天然の歯の美しさは、そうではありません。光の当たり方、見る角度、周囲の環境によって表情を変える、動的な美しさです。ゲラーはこの状態を、脈動するような(pulsating)、と表現しました。材料が動くという意味ではありません。光を取り込み、多彩な色として放つことで、生きた印象が生まれるということです。

積層構造と、歯ぐきへの導光

光は、歯の中だけに留まりません。従来の金属焼付冠が光を遮断していたのに対し、クリエイションは、光を透過させて内部を巡らせる積層構造を持っています。取り込まれた光はかぶせ物の内部を通って根元から歯ぐきへと導かれ、歯ぐき自体を明るく見せます。歯の単体ではなく、口腔の全体に、健康的な印象が及びます。

かぶせ物の周囲の歯ぐきが黒ずんで見えることには、いくつもの要因が関わります。金属の色が透けること、かぶせ物の辺縁の位置、そして歯周組織の状態です。クリエイションの導光は、このうち光に関わる部分への、光学からの答えです。

材料は、人を選ぶ

では、クリエイションを使えば、誰が作っても同じ仕上がりになるのでしょうか。なりません。ゲラー自身が、それをよく知っていました。

彼は、自分が使っている材料を徹底的に知り尽くさなければならない、と説きました。同じ曲でも演奏者によって解釈が異なるように、同じ材料と技法でも、仕上がりは技工士の習熟と感性と、どこを目指すかという意志で変わります。材料は道具であり、道具は使い手を選びます。

ですから oral design の会員の条件は、技術力だけではありません。まず、倫理性と人間性。他人を欺かない人物であること。入会には、既存の会員の推薦と共同の決定を要します。そして、他者に教える能力があること。会員は、自分のテクニックを他の会員に教える義務を負います。秘密のノウハウを持たず、すべての知識を開いて共有することで、個人とグループの全体が高まっていく。そういう結びつきです。

あなたにとっての、意味

この材料と哲学で作られたかぶせ物は、日常の中で何が違うのでしょうか。

一つは、光への強さです。

歯の色は、光で変わります。太陽の下と、レストランの照明の下では、同じ歯が違う表情を見せます。光を吸収し、散乱させ、反射する材料は、どの光の下でも、天然の歯と同じ振る舞いで表情を変えます。ある照明の下でだけ浮いて見える、ということが起きにくいのです。

もう一つは、存在を主張しないことです。

ゲラーが追求したゴールは、修復物が目立たず、存在を感じさせないことでした。かぶせ物がその人の顔と個性に調和したとき、それは治療の痕跡ではなく、その人の一部になります。鏡を見るたびに人工物が目に入るというストレスから解放され、歯を直したという意識そのものが、日常から消えていく。私たちが「治療の痕を、残さないこと」を目標に掲げるのは、この思想の上に立っているからです。

当院のこと

当院のかぶせ物の色と形を担うのは、ウィリー・ゲラーが創設した oral design の、日本人メンバーであるセラミストです。

患者さまがこのセラミストに直接お会いになることは、通常はありません。症例によっては、お会いいただくこともあります。けれど、お会いになるかどうかにかかわらず、あなたのかぶせ物は、このページに記した系譜、つまり、調和を白さより上に置き、知識を隠さず分かち合い、材料を知り尽くすことを求める人々の仕事の中で、作られます。

表参道歯科アールズクリニック院長
田中良一

東京医科歯科大学(現 東京科学大学)歯学部卒
元 山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)

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