
Written by 田中良一 表参道歯科アールズクリニック院長
セレクティブエナメルエッチングとは
歯が欠けた部分や、むし歯を取り除いた部分を、白い材料で補う治療があります。このときに使う材料がコンポジットレジンで、歯に直接詰めて色や形を整える治療は、ダイレクトボンディングとも呼ばれます。
治療直後は歯になじんで見えていても、年月がたつと、歯とレジンの境目に細い着色の線が現れたり、小さな隙間が生じたりすることがあります。こうした変化を抑えるうえで関係するのが、レジンを接着する前に行う歯の表面処理です [1][2]。
レジンを接着する前に歯の表面を処理する理由
歯とレジンを結びつけるためには接着材を使いますが、その接着材が歯の表面に入り込めるよう、あらかじめ表面の状態を整えます。
歯の外側を覆う硬い組織を、エナメル質といいます。エナメル質をリン酸で処理すると、表面に目では見えないほど細かな凹凸ができます。その凹凸に接着材が入り込み、硬化することで、歯と材料が結びつきます [3][4]。
エナメル質だけを先にリン酸で処理し、その後に接着材を使う方法を「選択的エナメルエッチング」と呼びます。英語ではSelective Enamel Etching、略してSEEといいます。
エナメル質と象牙質で接着処理を分ける理由
むし歯や欠けた部分を治すとき、材料を接着する面がすべてエナメル質とは限りません。修復する範囲が、その内側にある象牙質まで及ぶこともあります。
エナメル質は主にミネラルからできています。一方、象牙質にはミネラルだけでなく、水分や、線維状のたんぱく質であるコラーゲンも含まれています。二つの組織では性質が異なるため、接着に適した表面の処理も分けて考える必要があります。
象牙質をリン酸で処理すると、表面のミネラルが取り除かれ、コラーゲンの網目が現れます。接着材はその網目へ浸透しますが、象牙質を乾燥させすぎるとコラーゲンの網目がつぶれ、接着材が十分に入り込みにくくなることがあります。そのため、象牙質への接着では、処理後の水分を適切に管理する必要があります [3]。
SEEでは、リン酸による前処理をエナメル質に限って行います。象牙質には、接着材に含まれる酸性成分で表面を処理しながら接着させます。この働きを利用するのが「セルフエッチング系」の接着材です。同じ一本の歯でも、外側のエナメル質と内側の象牙質、それぞれの性質に合わせて処理方法を組み合わせます [3][4]。
歯とレジンの境目を保つ効果
SEEを行った場合、行わなかった場合に比べて、歯とレジンの境目に生じる着色や小さな隙間を抑えられるとする臨床研究があります。治療直後には歯になじんでいた部分が、時間の経過とともに境目の線によって目立つようになる変化を抑えるうえで、SEEが役立つ可能性があります。
ただし、こうした研究の多くは歯の付け根の修復を対象としており、すべてのレジン修復で同じ効果が確認されているわけではありません [1][2]。
治療後の経過を見るときには、レジンが外れていないかだけでなく、歯との境目に着色や段差、隙間、欠けが生じていないかも確認します。修復物が外れずに残っていることと、歯との境目まで良好に保たれていることは、分けて評価する必要があります。また、小さな着色や隙間が見つかったからといって、それだけで作り直しが必要になるわけではありません [2][6]。
歯の付け根を修復した研究では、SEEを加えた方が修復物の脱落が少なかったという報告もあります。ただし、その研究結果の確かさには限界があり、今後の研究によって評価が変わる可能性があります。脱落を減らすことができれば再処置の負担を減らせますが、SEEを行えば修復物が長く使えると保証できるわけではありません [5]。
また、歯とレジンの境目の着色を抑えることと、レジンそのものの変色を防ぐことは別の問題です。治療後にしみる症状や、むし歯の再発についても、SEEを加えることで明らかに少なくなるとは確認されていません [1][4]。
歯の状態に合わせた接着方法の選択
SEEでリン酸処理を行うのは、エナメル質が残っている部分です。修復する範囲が歯ぐきの近くまで広がり、境目が象牙質に及ぶ場合には、その部分の組織に合わせた接着処理を考えます。前歯の小さな欠けと、奥歯の広い範囲を修復する場合とでは、残っている歯の形も、接着する面も異なります。
使用する接着材によっても、適した処理方法は変わります。エナメル質と象牙質の両方にリン酸を使う方法もあり、SEEがすべての場合に優れているわけではありません。どこにエナメル質が残っているのか、どこまで修復するのか、どの接着材を使うのかを確認したうえで、接着方法を選びます [3][4]。
ダイレクトボンディングの接着処置
ダイレクトボンディングでは、拡大視野のもとで歯の状態を確認し、ラバーダムというゴムのシートで治療する歯を周囲から隔離して接着処置を行います。接着する面を確認し、その部分に唾液などが触れないようにするためです。
ダイレクトボンディングでは、レジンの色や形を整えることに加えて、歯との境目をできるだけ良好に保てるよう、接着する面に合わせた処理を行うことも大切です。歯のどの組織に接着するのかを確認し、その条件に合った方法を選びます。
臨床研究の結果と適用できる範囲
以下は、本文で説明した内容の根拠となる研究を紹介します。研究では、歯とレジンの境目の着色を「辺縁着色」、境目に隙間や段差がないかを「辺縁適合」、修復物が外れずに残っているかを「保持」として、それぞれ別に評価しています。
歯の付け根の修復と境目の着色
2016年の系統的レビューでは、むし歯以外の原因で歯の付け根がくぼむ「非う蝕性歯頸部病変」を修復した臨床試験がまとめられています。1〜5年の経過を調べた結果、1年時点を除く複数の観察時点で、SEEを加えた方が辺縁着色は少なかったと報告されています。
比較されたのは、セルフエッチング系接着材をそのまま使った場合と、エナメル質にリン酸処理を加えてから使った場合です [1]。
奥歯の修復と境目の隙間
奥歯を対象とした試験では、70人に295か所の修復を行い、2年後に62人を評価しています。SEEを加えた方では、辺縁適合の小さな不良が少ないという結果でした。
一方、修復物の破折・脱落、辺縁着色、色の一致については、SEEの有無による統計学的に明確な差は認められませんでした。この研究で対象となったのは、歯ぐき側の境目に健全なエナメル質があり、かみ合わせ面の山である咬頭を含まない修復です。そのため、広い範囲に及ぶ奥歯の修復すべてに、そのまま当てはめられる結果ではありません [2]。
脱落と再処置の負担
2022年のレビューでは、複数の接着方式に対応できる「ユニバーサル接着材」を用いた歯の付け根の修復について、18〜24か月後の脱落を調べています。その結果、セルフエッチングのみで接着した場合より、SEEを加えた場合の方が脱落は少なかったと報告されています。
ただし、この結果について、根拠の確実性は「低い」と評価されています。また、この研究で調べたのは修復物の脱落であり、通院回数や総費用がどの程度減るかまでは分かりません [5]。
長期成績と接着材による違い
特定の2ステップ型セルフエッチング接着材を用いた13年間の臨床試験では、SEEを行った場合も、行わなかった場合も、良好な成績が報告されています。
エナメル質側の境目では、SEEを加えた方が良い傾向を示しましたが、統計学的に明確な差ではありませんでした。また、13年後まで追跡できた患者さんは、当初の62%でした。
この研究結果は、使用した接着材や対象となった歯の条件を含めた成績です。SEEを行えば、それだけで修復物を13年間使えることを示したものではありません [6]。
ほかの接着方法との比較と実験の限界
ユニバーサル接着材を用いた臨床試験をまとめたレビューでは、エナメル質と象牙質の両方をリン酸で処理して洗い流す「エッチ・アンド・リンス」とSEEを比較しています。その結果、辺縁着色、辺縁適合、保持・破折について、二つの方法の間に明確な差は示されませんでした。
治療後の知覚過敏やむし歯の再発についても、接着方法による明確な差は確認されていません [4]。
一方、実験室で行われた研究をまとめたレビューでは、ユニバーサル接着材を使う前にエナメル質をリン酸処理すると、エナメル質への接着強さが高まると報告されています。ただし、実験室で測定した接着強さだけから、実際の口の中で修復物を何年間使えるかを判断することはできません [3]。
参考文献・資料
- Szesz A, Parreiras S, Reis A, Loguercio A. Selective enamel etching in cervical lesions for self-etch adhesives: A systematic review and meta-analysis. J Dent. 2016;53:1–11. doi:10.1016/j.jdent.2016.05.009.
- Barceleiro MO, Tardem C, Albuquerque EG, et al. Can composite packaging and selective enamel etching affect the clinical behavior of bulk-fill composite resin in posterior restorations? 24-month results of a randomized clinical trial. J Appl Oral Sci. 2023;31:e20220323. doi:10.1590/1678-7757-2022-0323.
- Cuevas-Suárez CE, da Rosa WLO, Lund RG, da Silva AF, Piva E. Bonding Performance of Universal Adhesives: An Updated Systematic Review and Meta-Analysis. J Adhes Dent. 2019;21(1):7–26. doi:10.3290/j.jad.a41975.
- Ma KS, Wang LT, Blatz MB. Efficacy of adhesive strategies for restorative dentistry: A systematic review and network meta-analysis of double-blind randomized controlled trials over 12 months of follow-up. J Prosthodont Res. 2023;67(1):35–44. doi:10.2186/jpr.JPR_D_21_00279.
- Josic U, Mazzitelli C, Maravic T, et al. The influence of selective enamel etch and self-etch mode of universal adhesives’ application on clinical behavior of composite restorations placed on non-carious cervical lesions: A systematic review and meta-analysis. Dent Mater. 2022;38(3):472–488. doi:10.1016/j.dental.2022.01.002.
- Peumans M, De Munck J, Van Landuyt K, Van Meerbeek B. Thirteen-year randomized controlled clinical trial of a two-step self-etch adhesive in non-carious cervical lesions. Dent Mater. 2015;31(3):308–314. doi:10.1016/j.dental.2015.01.005.




執筆者
田中良一
表参道歯科アールズクリニック院長
東京医科歯科大学(現 東京科学大学)卒業、山王病院歯科医長(審美歯科・歯周補綴担当)を経て開業。審美修復をはじめ、歯周病やインプラント分野でも国内外で研鑽を積み、知識と技術を培ってきました。歯や歯ぐきの健康、かみ合わせを確かめながら、修復した歯が顔立ちや表情になじみ、ご本人が自分の口元として感じられることを大切にしています。
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